第28回ザ・ロープ帆船模型展を見て

白井一信さんと坪井悦郎さんの「ヴィクトリー」
白井一信さんと坪井悦郎さんの「ヴィクトリー」

銀座の松の内の華やぎも成人の日が過ぎると落ち着きを取り戻し、あちこちのショウウィンドウには「SALE」の札が貼られるが、気の早い店には春のモードが飾られ始め、やがて立春を迎える。こんな時期の「銀座の風物詩」( 伊東屋塩沢取締役さんのオープニングの挨拶) である「ザ・ロープ帆船模型展」が、第28回目の幕を開いた。会員の皆さんは晴れがましい気分で、加えて出品者は各人なりの自負心を持って、この日を迎えたことであろう。

 

今年は、何れも10年と言う歳月を掛けられた白井一信さんの超大作「ヴィクトリー」、対照的に同じ「ヴィクトリー」ながら超細密の坪井悦郎さん縷骨の傑作ならびに加藤史郎さんの名作「ボノム・リシャール」の3隻を頂点として、帆船模型67隻・関連の作品3点が出展された。さらに今年初めて、アメリカ西海岸の帆船模型クラブ “Ship Modelers Associationn" (SMA) からの賛助出品9隻が花を添え、同会のドレッセル会長以下4 名の方が全員ご夫人同伴で来日、見学に訪れられ、国際色豊な催しとなった。

 

遠路はるばるの参加とあつて、訪間の方が御自分で直接持参されたこともあり、惜しくも期間限定の展示であったが、アメリカのモデラーの優れた技と作品の質の高さを、会場を訪れた多くの皆さんに充分に味わって頂いたものと思う。困みに同会の展示会は2 年に1 度開催され、ザ・ロープからも最近は幾人かの会員が見学だけでなく作品の出展もしており、「ザ・ロープ」の名が認知されるようになったこと、また奥村義也前会長が同会のただ一人の名誉会員に推挙されるなど、当クラブとは最近交流を深めているクラブであり、これが今回の来日につながったものである。

 

また昨年に続いて今年も韓国のKOREA MODELSHIP CLUBのHam Seong-OKさんほか3名の方がお見えになり国際交流にさらに彩を添えられた。なお、昨年、岡クラブから当会に贈られた「亀船」のキットはその精度の高さと、製作に自井さんという名手を得たこと両々相侯つて、見事な姿を見せ、会場の人気を呼んでいた。

 

例年この時期は1年中で最も寒い時季であり、お天気にも恵まれないことが多いが、今年は16日間の会期中、やや荒れ模様の冷たい氷雨の日が2日あつたほかは、気温こそ低い日があつたものの、冬晴れの穏やかな日が続き、ご来場頂いた人も、これまでの最高記録にこそ届かなかつたが近年では最高の8909人(速報ベース)を教える盛況であつた。

 

国内各地の同好会からも、福島、徳島、神戸、名古屋、大阪(ご来場日順)など多くのご来場を頂いた。昨年から全国ベースの同好会協議会の結成を進めつつあるこのころ、趣味を同じくするものの交流が益々盛んになるとの感を深めた。

 

さて、今年の第28回ザ・ロープ展、例年どおり佳品揃いであったが、大きな見所としては、3つあつたと思う。第一は、先述した正味10年を費やされたと言う白井さんと坪井さんならびに加藤史郎さんの二名作で、ザ・ロープの歴史に残る名作が揃つて完成した姿を見せたこと。第二は、先々代の会長栗田善― 郎さん、先代の会長奥村義也さん、現会長の一門龍男さんの3代揃い踏みの最新の作品が見られたことで、趣味の仲間のグループ展としては稀有のことではないかと思う。第三は、会場の関係で真に残念ながらその素晴らしさが充分に生かしきれていなかったが、宮島俊夫さんの労作にして大作である「バイユーのタピスリー」である。ツアーでは訪れることのないフランス・ノルマンディ地方の小さな町「バイユー」に行かなければ見られない、わが国の「源氏物語絵巻」より凡そ半世紀前に作られた現存する世界最古の絵巻物が、縮小した模写ながらその全貌を見ることが出来たことである。

 

出展作の幾つかついて感想を述べてみたい。

まず、斯道の大先輩にして人生の先達でもある皆さんの作品である。「長老」とお呼びじたり「撃操とした」と申し上げたら「年寄扱いするな」とお叱りを受けそうなので止める。

最近、横綱の進退或いは昇進問題に絡んで「心・技・体」という言葉をよく聞く。大先輩諸兄の作品を拝見していてこの言葉を思い出した。心と技は既に高いところに居られる諸兄がこのような秀作を見せられると言うことは、体も猶充実されておられるからこそであろう。同慶の至りである。失礼ながら会員番号の順に愚見を述べさせて頂く。

 

津久居慶さんの「太陽の始」。ビームと船体を結合する構造に特色とあつたので、一所懸命にそこを覗き込んでいたら後ろから来場者の方が「帆の模様は一つ一つ描かれたのですか? 」と問われたので「勿論でしょう」と答えると感嘆の声を挙げられた。エジプト学にはトンと疎いのでピント外れかも知れぬが、「太陽の舟」があるのなら、対を為す「月の舟」があるのだろうか? 未発掘なら津久居さん、一足早く創作されては。奥村義也さんの「レゾリューション」 は昨年の奥村教室の教材。生徒一同さぞ苦闘したことであろう。作品は最近の先生( 恩師なので) の作風に加わった透明さがますます清澄感を強めていると感じた。

 

栗田善一郎さんの「ブルーノーズ」、やや舶を上げた角度のディスプレーも含め、快速だった実船の雰囲気を実によく表わしている。勿論工作は小さな部品に至るまで丹念に作りこまれていて、しかもそれらが仔細に眺めないと判らぬほど作品の中に溶け込んでいる。若々しく瑞々しい感じを受ける作品である。

 

小田衛さんの「トロワ・リス」、有り得ないことだが、もし今回の出展品の中でどれでも好きな船を持って帰っていい、と言われたら時賭なく小田さんのこの船のところに駆け寄る。しかし作者の小田さんが既にその前に立ちはだかっておられ、私の望みは叶えられないことであろう。この船は、小品ながら、いや小品だからこそ逸品と言えよう。新米にとつては伝説のようなルッシの図面によるというのも大いに心惹かれる。「私の作ってみたい船」にまた1隻加わつた。深更、やや照明を落とした居間で安楽椅子に深々と身を沈め、芳醇なコニャックのグラスを傾けながら作品を眺め、この船の世界に思いを致す、そんな雰囲気を漂わせている船である。人生の先達はまだまだいらつしやるが、後のお方は我々若者(?)の仲間に入って頂くことにしょう。 

 

続ける。

最近、浮気して近代船に目を向けている故でもあるまいが、近代船に秀作が多いように思つた。

ラインナップ順に見てゆく。栗田善一郎さんの「ブルーノーズ」は先述のとおり。次が小林正博さんの「グラダン」。失礼ながら小林さんの反骨心が垣開見える。「木造帆船( ! ) 」である。釘船であることは十二分にご承知の上で敢えてこのような作品に仕立て上げておられる。艤装品から細かいフィッティング類に至るまで自作である。実船の写真をいつも手もとに置かれ、納得できないところは船に乗られた経験のある方を機会あるごとに捉えて、教えを乞うて居られた姿をたびたび拝見した。これほどの古家にしてその探究心と向上心にはただただ敏服のほかない。鋼船の船体の表現力の高さや優れた塗装技術などは、数年前の「チャーチル」で立証済みであるのに、いささか背を向けた姿勢、まだまだお若いと見た。

 

古屋白夫さんの「ブラ・ダン」。近代船を作り続けて居られる古屋さんにまた秀作が加わつた。キットはビリングボード社なのでトラス・ヨークやジャッキ・ステイなど間違いや欠落があつたろうと推測するが、正確さを追求され、抜かりなく追加自作され、仕立て上げておられる。( これは小林さんの船も同じである) 、何よりも全体の雰囲気が魅惑的である。あの鮮やかな船体の塗色は北欧の海によく似合う。この船を見ていると、シベリウスの2 番の第1 楽章の世界が広がってくる。

 

肥田純さんの「トロタマーレス」は、まず塗装の美しさに目が行く。白い色は大変塗装の難しい色であると思う。かなり上質の作品でもムラが目立ち品格を落としている船を見ることがある。以前お聞きした時、すべて筆塗りと伺い仰天した。この船もそうなのであろう。全体が自色のこの船はその仕上げを見ているだけでも惚れ惚れする。ましてや工作の確かさが加わるのだからただただ感心する。ジオラマ風の仕立てであるが、くどさや違和感が感じられないのは、全体としての組み立ての巧みさ、いやそれを超えて主役である船の存在感の大きさにあるのであろう。南フランスの地中海の風の香りが吹いてくるような絶品である。

 

時代を遡ろう。

宮島俊夫さんの「モニター」。創生期の純蒸気動力の装甲艦が初のお目見えである。地味でシンプルな艦形であるが、帆船が初めて戦った純蒸気船として海戦史に残る艦である。加えて、常識では分不相応な巨砲を搭載した艦として有名であり、その後、巨砲を積んだ艦を「モニター艦」と呼んだのは本艦の艦名に出来するという名誉を持つ艦である。単純な形態の船体であるだけに見せるための模型としての表現を如何にするか苦心されたのであろう。水兵さんが船を漕ぐ(?)なんてことは例え設計図があつたとしても設計者の遊び心だつたかも知れないのに、それを模型にするなどという宮島さんの自由奔放な発想には、驚嘆するばかりである。

 

安藤雅浩さんの「ユラン」。近年、安藤さんは帆機両用船に惚れ込まれておられるようである。「このところ、煙突が好きになっちゃてね。」とのこと。ウエザリングの絶妙さはたとえようもない。手入れの行き届いた実船はきっとこういう姿であったに違いないだろうなと思わせる。

 

田中武敏さんの「チャールズモーガン」は昨年の東康生さんに続く出展。同様にウェザリングの見事な作品である。ウェザリングの表現は実船がなくて難しく、あってなお難しいと思う。見る者に「ああそうかな」と思わせる表現の技を見せることができるかどうかが決め手ではあるまいか? そういう視点から見てこの船は「ああ、鯨を追っている船だ」と訴えてくる。ところで甲板の上の油を取る大鍋をよく見てみよう。二つ並んだ大鍋の底には汚れがこびりついている。しかも左右の汚れ方が違う。作品が完成した深更、田中さんは会心の笑みを浮かべ「この汚し方に気が付く奴がいるかな?」と思ったに違いない。「よく見せて頂きましたよ。田中さん」。

 

一門龍男さんの「フライングフィッシュ」。小さいながら重厚な感じに作り上げておられる。材質の選定の妙もあろうが、数えて舶を上げないディスプレイで軽快さを抑えて重厚さを生かし、こういう渋さを持った表現にするなどは凡人にはできるものではない。

 

さらに先へ行く。

西明秀哉さんの「ラトルスネーク」。かねがねキットによる作品の頂点のお一人と拝していたが、今回の船はさらに技巧を凝らされている。30センチ級と自信を以つておつしやるだけに流石に見せてくれる。( 因みに私などは2 メートル級である。つまり2 メートル離れて見てくださいということ。あまり近寄られるとアラが丸見えなのである。)

 

白井さんの超大作「ブィクトリー」と加藤さんの名作「ボノムリシャール」の間にあつてやや目立ちにくいが、端正なたたずまいを見せている船がある。奥村教室同期の畏友高橋宏さんの「エンデヴァー」である。友の評をするのは気恥ずかしいが、師奥村義也さんの作風を最もよく受け継いでいるのは高橋さんではあるまいか。このところそこから飛躍して独自の世界を作られつつある。抹香鯨の頭部にも似た船首部すら品よく見えてくるから不思議である。素材の本肌を生かした仕上げなどは師の作品の透明感と合い通じるところがある。加えて何よりも見事なのはリギングの美しさである。1本もゆるがせにはしないという姿勢を秘めて実に見事な仕上げになつている。

 

白井一信さんと坪井悦郎さんの「ヴィクトリー」ならびに加藤史郎さんの「ボノムリシャール」は私如き未熟者の論ずる域を超えている。このあと来訪された人の感想を紹介して評に代えさせて頂きたい。

 

次に、三つ目の見所として挙げた宮島俊夫さんの「バイユーのタピスリー」である。

これを語り尽くすには本稿の全頁を埋めても足りない。壱千年の時を経てなお鮮やかな色彩を残す美術工芸史上の貴重な作品であると言うこと、アーサー王の伝説にまで遡つても英国史上最大の出来事であり後年の大英帝国繁栄の遠因となる「ノルマンの征服」を描いていることなどなど。

 

絵巻のクライマックスである「ヘイスティングスの戦い」は、その戦の結果が、戦いの規模こそ後年のウォーターローの戦い或いはわが国で言うなら関が原の合戦に及ばないものの、世界歴史に与えた重みははるかに大きい。宮島さんにあらためてお教え頂き書いてみたいと思うほどその内容は深い。ところで、船と何のかかわりがあるのかと疑間をもたれる向きもあるかも知れない。気が付かれたであろうか。ヴァイキング型の船が巧みに表現されている。舷側が横に何層かに色分けされている。これはヴァイキング船の特徴であるクリンカー張りを表わしたものという。また、造船風景が描かれている。プランキングを切り出す大工。手斧を使つている船大工。船の「しん」を確かめている棟梁。そして、上陸するときには、船首の飾りを外しマストを倒すなどヴァイキングの風習をそのまま残している様子が正確に描かれている。英仏海峡を渡るノルマンの大艦隊の描き方は、状況は全く逆であるが後世の第2次世界大戦に於けるノルマンディー上陸作戦の大艦隊を髣髴とさせる、などなどである。作者が「色彩は原図より多少は明るく表現した」とあるこの作品、横浜展にも出品されたいご意向と聞く。少なくとも上述した船の部分だけでもあらためて御覧になられたら如何であろうか。

 

「来場された方の意見があつたらいいナ」との一門会長のお言葉もあつた。小心者で口下手ときてるので、インターブュアーとしては全く不適であるが、お受けした質問や招待した友人知己の言葉を幾つか拾って紹介することでお許し頂くことにしよう。

2回の当番の間に、3人の方に聞かれた。

「カティサークは何処?」。r今年はカティサークは出ていないのですか?」など。例の本の影響は大きい。

 

そのほかの質問の幾つか。

「この展覧会は展示替えはあるのですか?」。

もつと多くの船を御覧になられたいのであろうか?

「同じ会社のキットで、同じ船なのにどうしてこんなに違つているのですか? 」「同じ林檎を描いても絵描きによつて違いますよね。それと同じと思います。」納得頂けたであろうか。「アメリカの方の船はもう無いのですか?」「申し訳ありません。先日お帰りになられ、お持ち帰りになりました。」

「残念だなあ。どんな船でした?」坪井さんの「ヴィクトリー」のところに案内して「ミニチュアはこう言う感じでした。ともに微細なところに至るまで作りこんである為、写真にすると大きな模型と全く変わらなくなるんです。」しばらく眺めた後「ガラスケースに入つている意味がよく判りました。」と言われた。続いて、金森弘一さんと今在義忠さんの「和船」のところで、「木の色や質感は違いますが、木そのものの美しさを生かした作品でした。器用さは日本人の専売かと思つていましたが、たいそう繊細な表現の船でした」と説明した。「2年後にまた訪れたいとのご意向もあると聞いていますので、そのときは是非。」「どうも有り難う」。

昨年の横浜展で、製作途中ながら「ベローナ」を出品され、亡き小松さんが絶賛されておられた、チェルッティ。マジオさんがお友達と見えられたので、「印象は? 」と伺つたら即座に「加藤さんのボノムリシャール! 」と答えられた。「その他は? 」とお聞きすると「珍しい船ですね。亀舟」。ロープニュースの自井さんの記事の受け売りで若子の説明をした。帰り際に「グラーチェ」と言つたら、瞬問驚いたような顔をされたが、すぐに笑顔で「グラーチェ」。こちらも「プレーゴ」とお返し。なお今年の横浜展にその後の進捗した姿を出展されるとのことである。

 

長年、建築科の教授をしてきた知己を、今年初めて招いた。説明しながら作品を次々と見て廻る。加藤さんの「ボノムジシャール」の前に来たとき、それまでありきたりの賛辞を述べていた彼の足が止まった。船内の本組みをじつと覗き込んだり全体の姿を見つめていたが、一言「美しい! 」と呟くように言つた。しばらくはこの船の前から動こうとはしなかつた。

白井さんの「ビクトリー」の前で、やや離れて全体を眺めたり、ガンポートの奥を覗き込んだり、船尾の船室を仔細に見ている西洋人の青年がいた。

「お気に召しましたか? 」と聞くと、「勿論です。僕はイギリス人ですから。そしてビクトジーはイギリスの誇りですから」、「去年ポーツマスでこの船を見ました。ここでまた逢えて感動しました」。

「完成までに10年掛かつた船です。ここまでで完成とするそうです。」「ああ、充分ですね。充分素晴らしい! 」

 

去年2人展に招待されたので、やはり今年初めて案内状を出した御婦人二人。

「こんな美しい世界があるなんて… 。」

絵のグループの同人。論客でいつも辛口の評を受ける。案内状を上げたら「必ず行くからね。」と言つていたが、あまり当てにしていなかつた。ところが彼女、当番の日を教えていたら、ふらりと現れた。

「あなた、こんなことしていて… ! 時間が掛かるでしょ。絵はいつ描いてるの? 」初めて褒

められました。

少々脱線しまして一席御伺い申し上げます。何しろこれだけ沢山の方がお見えになると、中には面白い方もいらつしゃいまして…。

 

当番で会場に立っておりますと、現れたのはお年を召した八っつぁん風のお方。

「T新聞で見たんだ。案内してくれるかえ。」

「へえ」、と言いかけて慌てて「ハイ」。逆回りで見ていきます。

白井さんの「ヴィクトリー」の前に来ます。

「『ビクトリー』といってイギジスの船で今の戦艦に当る船です」

「でけえな。強そうだな。戦艦はこうでなくちゃ― な」「トラファガーの海戦でネルソン提督が乗つた船です」

「おい。舌噛まねえように気をつけなよ。そのネルノン提督てえのは東郷さんとどちらが偉えんだい」「同じくらい偉い人です」「ふうん。毛唐にも偉え奴がいるんだ」

フリゲートの前に来ます。

「フリゲートです」「おう、フリゲートか。知ってるぞ。この間の観艦式で見た。けど随分違うな」

「2 0 0 年前の船ですから… 。今の巡洋艦のご先祖様です」「巡洋艦が居るなら、駆逐態も居るのだろ? どこだい? 」

そんなものは居ません、とは言い難くなつてしまいました。仕方なく後戻りして「ハンター」のところに行きます。

「少し違いますが、音の駆逐艦のようなものです」「小せえ― な! 海軍の駆逐艦はもっとでかかったぞ。でもたくさん居るのは良いな。駆逐艦てぇのは数要るからな。知ってるかえ? 」「ハイ」

珍問奇答を繰り返しながら、やっと場内を一回りしました。

「有り難うよ。来年また来てやるからな」

「有り難うございます」

 

最終日の作品搬出の時、エレヴェーターに乗り合わせた伊東屋の塩沢取締役さんが「大成功でしたよ。」とおっしゃられていた第28 回ザ・ロープ展、客観的なニュース記事を書く積りが、諸先輩の作品への感想或いはは思い入れを書いてしまうことになった。言うまでも無く、ザ・ロープ展は会員が自らの成果を問う場でもあり、製作日程の目標ともなっている。加えて私のようなビギナーにとっては貴重な勉強の場でもある。今回も会場で幾人かの先達の方に贅沢な個人授業をして頂いた。いつの日か、皆さんに「魅惑的」といわれるような船を作り上げたいと念じつつこの稿を終わる。

 

最後になつたが、今回のザ・ロープ展のオープ二ングを目前にして、突然の悲報が飛び込んだ。おそらく誰しもが我が耳を疑い、絶句したことであったろう。小松政幸さん急逝の報である。ザ・ロープの歴史を築いてこられたお一人と伺うが、近年横浜帆船模型同好会の会長として大所帯の運営を切り盛りされていらつしやつた。ロープにせよ横浜にせよどちらの会員であれ小松さんにお世話になつた人は多いと聞く。かく言う私も昨年大ぶりのブルーエンサインが手に入らず困つていた時、ロープニュースの小林正博さんの記事を見て早速お尋ねしたところ、丁寧に教えて頂いただけでなく、いとも心易く「作ってあげるから原図を送っていらっしゃい」と言われ、お言葉に甘えた。

 

一瞬のすれ違いのようなお付き合いであったが、気取りの無いお人柄でいらしたと思う。「会長さん」とお呼びしたら「小松っちゃんと呼んでよ」と云われた。ビギナーにはいつも温かい目を向けられていらしたように思う。長年の懸案であつた初心者教室も緒につき、自らも講師役を買って出るなどされておられた。生徒の皆さんの成果を見届けることなく逝かれたのはさぞお心残りであったろう。名作にして超大作の「ロイアル・キャロライン」が小松さんの白鳥の歌となった。柩に納められる小さな製作途中の船(それは教室のお手本であったのであろうか)を見て、悲しみがこみ上げてきた。生前のお姿を思い出すにつけ哀惜の思いは尽きない。最後まで現役パリパリのモデラーであり続けられた。

あらためて哀悼の意を表する次第である。

 

(松本善文)

*ザ・ロープニュースNo.39から再掲しました。