第29回ザ・ロープ展を観る

会員の肥田純さんのデザインになるレイアウトは来場者になかなかの好評であった
会員の肥田純さんのデザインになるレイアウトは来場者になかなかの好評であった

 

プレ30周年記念展とでも言うべき第29回ザ・ロープ展は、1月17日から2月1日にかけて、恒例どおり伊東屋さんの御尽力を頂いて同社銀座本店で開催され、例年並の8,615人のご来場者があり、盛況裡に終えることが出来た。

 

出展は58隻。宮島俊夫さんの船首像1点を加え、総数59点。会員の皆さんの中には、来年の30周年を目指して製作中とおっしゃる方の話をよく聞いたので、出展作品の質が懸念されないでもなかったが、そんな心配を吹き飛ばし、名人・名手方のハイレヴェルの作品も多くあったことは流石であった。加えて、姉妹クラブである米国SMAから、ガス・オーグスティンさんの作品「メディア」(1/200、スクラッチビルト)が特別参加され来場者の人気を集めた。

 

そして今年もまた、韓国からModel Ship Group Korea、ならびに国内各地の帆船模型同好会の方々の来訪や祝電を頂いた。来訪下さったのは、ザ・ロープオーサカ、浜松帆船模型友の会ザ・セイル、マイシップ・クラブ(東京)、ザ・ロープ・ナゴヤ、宇部帆船模型同好会(山口)、福島帆船模型同好会、神戸帆船模型の会、ザ・ロープ九州、下関帆船クラブ海峡(敬称路;順不同)の皆様である。また、「船の科学館」の小堀学芸部長にも御来場いただいた。

 

そのほか、お名前はいちいち挙げないが、当クラブの活動や帆船模型に関心をお持ち頂いて取材にお見え下さった方も幾人かいらっしゃった。趣味を同じくするもの同士の絆の強まりと輪の広がりが、関係される方々の尽力もあってのことであるが年々大きくなることは、斯界発展にとって嬉しいことである。遠路ご来訪くださった皆様に厚くお礼申し上げる次第である。

 

今回の見所は、まず会場のレイアウトの一新であろう。会員の肥田純さんのデザインになるレイアウトは来場者になかなかの好評であった。壁面をブルーの布を巡らして飾り、陳列台の要所々々に向形の小型の台を置いて高低差をつけることでアクセントを持たせると共に、小型の作品をその上に置いて、鑑賞者がより見易いよう配慮したこと、中央には2段に陳列ができるような島を2ケ所に分けて設け、周囲を鑑賞者が廻れるようにして作品を目近に観られるようにしたことなど、来場者の視点に配慮したレイアウトは、作品の配置にもむしろゆったりした感じを与えてもくれた。

 

また、来場者第一というヨンセプトから、会場中央には椅子を5脚ずつ背中合わせに配置し、長い時間をかけてゆっくり作品を鑑賞したいという来場者あるいはご高齢の方々への休息の場を提供したこともなかなかの好評で、常に満席状態という日も少なくなく、所期の狙いは充分達せられたとみてよい。

 

さらに、会場の色彩の組み合わせも絶妙であったと思う。壁面のコバルトブルーと陳列台の上の白(ごく薄いベージュというべきか)陳列台側面のバーントアンバーの垂れ布はそれぞれの色単独でも落ち着いた色調であるが、その組み合わせと色の配列順が絶妙で大人の雰囲気を醸し出していた。加えて、背景のブルーは思わぬ効果もあつた。作品をより引き立たせると共に落ち着いた感じを見せるようになったこともさることながら、私のような素人が写真を撮ってもなんだか上手に見えた。会場で写真を撮られた多くの方も、きつと満足のいく写真となつたのではなかろうか。制約条件の多い中でこれだけのレイアウトをデザインされた肥田さんに乾杯である。

 

ここで、会場準備の裏方のご苦労もちょっと紹介しておきたい。今回、初めて会場準備・設営にザ・ロープとしても積極的に加わろうとなったということで、役員の方々や何人かの有志の方に混じって作業に参加し、わずかばかりのお手伝いをさせて頂いた。

会場準備に手馴れておられる伊東屋のご担当の方々と共同で、けっしてお若くはない皆さんが汗を流し、「監督!  監督」とデザイナー肥田さんの指図を頼りにしながらも出来上がった会場である。日頃手を動かされている所為と段取りのよさとが相俟って思ったよりも早く、そして立派な出来栄えになった。皆さん、自分たちの手作りで会場が整ったという充足した気分になったことであろう。なお、閉展後の撤去作業もこれらの方々の手によったことも付け加えておく。

 

もう一つの展示会の変革は、会員の意識の改革、いや、より前向きな言い方をすれば「向上」というべきか、を図つたことであろう。これまでも多少課題にはなっていたようであるが、今回から「お客様を第一に考える」つまり会員は「ホストであるという自党を持つこと」が明確に打ち出された。

 

勿論、展示会の大きな目的は、作品を出展すること、すなわち船を完成させることあるいは区切りのよいところまで作り上げるということで制作の目標を立てること、作品を見てもらうことで自分の技量を判断すること、また会員相互の製作技術の情報交換や勉強などという大切な側面もあるが、帆船を愛するあるいは製作の喜びを味あう趣味へ人々をお誘いするといういわば愛好者層を拡げるという狙いの面もあろう。こういった視点から考えて、展示会を現状からより充実・発展させるためには、時宜に適したことであると思う。

 

絵の個展などで時たま出くわすことであるが、鑑賞しようと入った会場で、支援者や仲間とおぼしき人たちが、自分たちだけで群れて声高に談笑するなど、来場者を無視した傍若無人とも感じられる振る舞いに出会って不愉快な思いをした経験のある人は私だけではあるまい。ザ・ロープ展のオープニングパーティの挨拶の中では、こういう方針を踏まえて、白井副会長から「お客様第一と考えよう」と提案されたが、その趣旨はほぼ徹底されていたと感じた。

 

来場者すなわちお客様の反響である。当番などの限られた時間内での印象であるので、かたよりがあるかもしれないが、質問も年々増えているように感じた。またその内容も多岐に亘り。高度で鋭いものもあり、私の知識くらいでは即答しかねるものもあった。一層の勉強が大切と反省した次第である。

 

小林正博さんの実演コーナーも、引き続き好評で、「去年はなかったね。どうされたの?」などと言う質問も飛び出していた。十重二十重は大袈裟であるが、休日などは二重三重の人垣が出来ることも見かけた。中には製作技術よりも小林さんの話術に惹かれて覗き込む人も居られたようで、時に笑い声も上がっていたが、これも底辺拡大への寄与としてもってよしとすべきであろう。

 

今年の実演船は「レゾリューション」。「何十年ぶりかな― 」と言われながらも外板の二重張りを見せていた。「ラベット彫りなんて忘れてしまったよ」などと言う口の下から観客に実演解説するなど、ご自分のお得意な製作技法を捨てて、キットの製作授法に忠実に作って見せることも来場者へのサービスと心得られた小林さんのこまやかな心遣いであろう。

 

小林正博さんの実演コーナー
小林正博さんの実演コーナー

さて、出品作への感想である。取り上げた船はその優劣を論ずるものではなく、たまたま私が興味を持った船あるいは勉強になった船であり、ここで話題にしなかった船が劣るというものではないことをお断りしておく。

 

時代順に追って行こう。

肥口さんの宋王朝の交易船。平家物語に関わる本の書評を書いているところだったので、興味を惹かれた。平家が絶大な権力を手中にした理由の一つが、宋との交易によつて得た莫大な利益による財力であるが、それを運んだのがこの交易船。製作技術としては塗装の塗分け技術と旗の房の作り方などが勉強になった。

 

金丸さんのサンタマリア。初めて金丸さんの作品を仔細に拝見し、NHK文化センターの講師を勤められたのも宜なるかなと感じた。講座の生徒さんの作品が並べて出展されていたが、失礼ながら金丸さんの作品に並ぶほどの出来栄えで、生徒さんご本人の腕前もあろうが金丸さんの行き届いた丁寧なご指導が伺われた。実はサンタマリアは私がその苦挫折した船である。いまだにこの船の模型を見るたび心が痛む。金丸先生に当時教わっていたら… と思った。講座で兼晴らしいテキストを作られたと伺っている。コピー配布(無論有償)頂けないものだろうか。

 

敬愛する同期生高橋宏さんのハーフムーン。いつものことながら丁寧な作りで、観る度に雑な私を叱咤するような作風である。自井さんのルノメ。いずれ作りたいと思っているフランスのフリゲートの参考になると伺っていたルノメの登場。今製作中のコルベットの船首のレールの図面が理解できなかったがこれを見て納得。図面を持って来て、比べながらメモを書き込んだ。坪井さんの同じくルノメ。又聞きだがお二人は独立に製作されていて、会場に搬入したとき、スケールの違いを別にして進み具合や彩色が全く同じで驚いたということらしいが本当ですか? マエストロの考えることは同じなのだろう。横山さんのミスティック。昨年、小田衛さんのトロワ・リスに感動して、ルッシの図面を拝借した。何時になるか判らないし残りの人生の中で作れるかどうか判らないが作ってみたい船になったので、参考にしようと仔細に眺めさせてもらった。リギングがいいですね。

 

西明さんのベローナ。出来栄えは私ごときが評価するところではない。面白くて参考になったのは、上甲板が着脱式になっていることである。多くの方(すべてと言つてもよいかも)が砲甲板まで作り上げられた段階で塗装と砲の据え付けをして、それから上の工作に入るのが普通であろうが、上甲板を着脱式にすることによって、後で砲甲板の砲の据え付けができることになる。軽率で雑な私にとってはこの加工法は興味がある。ただし嵌め合いを正確に作れるかどうか、それが私には難題である。よって目下考え中。

 

丹羽さんのエンデヴァー。ロープ掲示板で塗装について幾度か書き込みをされていたので、お待ちしていた。期待にたがわぬ出来栄えである。このくらいの縮尺になると、船首のマッコツクジラを思わせるズングリムンクリの表現が映える。外板張りは苦労されたでしょうねとお聞きしたら、いや、船尾の方が大変だったとのこと。安藤さんのハンター2態。NHK文化センターの講座の講師を勤められたので、その教材。2隻同時製作は恐れ入る。特に興味を持つたのはクリンカー張り。これは作ってみたいが当分無理。平張りの方は私も第3作で作ったが、今となっては大いに不満の残る出来である。これを見てますます不満が募った。少なくとも動索と帆は切り離して、改作せねばと思っている。

 

名手中園さん久し振り登場のル・シーニュ。すでに白井さんの名作が存在するがそれと相措抗する秀作であると思う。作者が説明する製作技法を、後ろの方で聞いていたが、私ごときの理解を超えたものであり到底及ぶところではない。

 

赤道さんのラ・トルネーズ。ここのところ人気の船であるが、よく考えて作っておられ、繊細な感じである。私の好きな作風だ。小林さんのフライングフィッシュ。製作中、小林さんが眉をひそめるほど迫っかけ回し、私が今年出品した船の製作にあたって多くの御教示を頂いた。なかでも船尾部の加工がそれなりに出来たのは、ひとえに小林さんのお蔭である。

 

その他、洩らして貰ったノウハウは数知れず。小田さんのハンプシャー。今年は日露戦争開戦100月年。したがって来年は日本海海戦100周年になる。小田さんのお話では、それにちなんで東郷元帥に所縁の船を作ろうと着手されたのがこの船とのこと。1枚の写真だけからだそうで、詳しい図面がないだけ気楽ですよ、と笑っておられたが、なかなかどうして。帆船についての相当の知識がなければ出来ない仕事である。フランスの帆機両用のアビソ(通報艦)や創生期の巡洋艦に関心のある私にとって興味津々の作品である。

 

大池さんのピューリタン。実にきちんと作られている。好ましい形である。販売会があるとしたら真っ先に買い手が付きそうである。最後に、古屋さんのエトワール。忍路丸製作に当たつて、不二美術模型の図面をお貸しいただき、参考になった。また例会の研究会で講演された金物製作のテキストが大いに役立った。今回の船も、次の第3次改造後の忍路丸の製作に参考になるのでよく見せて頂いた。

 

番外と言ったら失礼であろう。宮島俊夫さんが小林さんの製作実演の席で、1枚の彫刻画を彫っておられた。近代ロシア絵画の父と言われるレーピン(1844~ 1930)の「ボルガの曳き舟人」である。レーピンの師匠であったクラムスコイ(1837~ 1887)の名作でロシアのモナリザとも呼ばれる「忘れえぬ女(ひと)」と並ぶ近代ロシア絵画の最高傑作の一つである。宮島さんに伺ったところ、実物は若い頃見たとのこと。時期や場所をお聞きすると、どうやら私が見た時と同じらしい。書架を探すと当時のカタログが出て来た。但し残念なことにレーピンの絵が含まれた方は見つからなかつた。いずれにせよこの彫刻画が来年のロープ展の会場壁面を飾ることを期待している。

 

ところで、船に掲げられた旗で、四辺を白く残されているものが散見された。そこまでではないにせよ、フラグハリヤードや族年にむすぶ側が白く残されているものもある。ふつう我々が見る旗にはこういうものはない。たかが旗されど旗。いささか気になることである。

 

来年のザ・ロープ展は30周年記念展である。そこへ向けて満を持して製作をされておられる会員の方も多いと開く。さだめし出品も質量共にハイレヴェルとなるであろう。会場のデザインやレイアウトを担当される方も頭を悩まされるに違いない。しかし期待するところも大きい。来年のさらなる盛況を祈りつつ、私の独善かつ稚拙な感想を終わる。

 

末筆であるが、長年に亘り我々ザ・ロープ会員がお世話になり、馴染みの深かった伊東屋帆船模型コーナーの瀬川晋主任がこのたびの社内人事異動で、三階文房具売り場に異動されたとのこと。これまでの一方ならぬお世話に対し厚くお礼申し上げると共に、新職場での一層のご精進とご活躍をお祈り申し上げる。

 

(松本善文)

*ザ・ロープニュースNo.43より再掲したものです。

Big and Small ルノメ
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中園さん ル ・シーニュの船首像
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