ロッテルダム Rotterdam


ロッテルダム海事博物館ー19世紀のガンボートも

ヨーロッパを東から西に流れるライン川が北海に注ぐ前にいくつもの流れに分かれるが、その1 つに沿って広がるのがロッテルダム。海岸から少し内陸に入った河川港だが世界最大といわれるユーロポートを擁している港湾都市として名高い。アムステルダ ムから少し西寄りにバスで南下すると1 時間ほどで着く。

ロッテルダムっ子は働き者として有名で、ここではシャツが腕まくりした状態で売られているんだとガイドの足立さんがみなを笑わせる。さすがに大都会で車も 多く、ホテルの近くではなんかの配送車が止まって大型バスが通れない。配達人は悠々たるもので建物に入ったきり出てこないし車内ではイライラが募る。あの 穏やかそうに見える坪井さんが立ち上がってうなりながら配送車をにらみつけるが敵もさるもの、やがて出てくると、すまなそうな風もなくゆっくり車を動か す。バスの運転手も、何事もなかったようにホテルに着けたのがなんだかおかしい。ここはヨーロッパなんだ。


 

ビルダーバーグパークホテルは街中にある小奇麗なホテルで、今回の旅行ではちょっと質が落ちるんですという説明だったがそれほど悪くない。1 時間ほどの休憩中に添乗員の福田さんは初めてだからとレストランの視察に行ったらしい。ちょっと遠いのでタクシーにしましょうと、ひどく汗をかいて説明する。どうも遅いなと思ったが、帰りの車が拾えなくてどうやら走ってきたようだ。
午後8 時を過ぎているのにまだ真っ暗ではなくレストランBLIK はなかなかのものを食べさせた。サーモンの前菜、メインディッシュはチキンのローストだったが煮野菜が山ほど付いてこれがまた美味しい。今回の旅行では思ったよりずっと野菜がたくさん出た。デザートはアイスクリームとシャーベットが3 個も果物の上に載っている。みんな満腹して近くのDelfshamen 駅まで歩く。地下鉄の車内はパイプにプラスチックの簡素な椅子でアフリカ系の人が多い。見かけよりもずっと好奇心の強い塩澤さんは車内を撮るのに夢中で降車駅を乗り過ごしたという。それでも30分ほど後に悠々とご帰還でしたよというのが福田さんの翌朝の報告だった。仕事とはいえ面倒見がよくて気の毒になるほどだ。
  第二次大戦でひどく痛めつけられたので、この町は近代化が進んだとはいうがホテルの近所は樹木も草花も多く、路面電車の軌道敷の一部は芝生にもなっていてきれいだがどうやって手入れをするんだろうと余計な心配までする。散歩にはもってこいの町で上野さんと二人近所の公園まで歩く。かなり広くて近代都市とはいっても町全体がゆったりしているのは地価が安いんだろうか、人が少ないんだろうかと不思議だ。

ロッテルダムのお目当てはユーロポートではなくて海事博物館にある。汽車が遅れたという足立さんを駅の横で拾うとバスはすぐ博物館に到着し、1 時間ほど見学することになった。時間を気にする福田さんや足立さんに、関口さんはあごひげを震わして諄々と説く。「われわれはこういったところを見るために来ているんですよ。多少時間がずれようと予定が変更になろうと、そんなことは構いません。ゆっくり見せてください。」

館内に入ると吹き抜けの壁にずらりと船の模型が並んでいるが、ほとんどは近代船でモーターシップばかり。帆船模型の方は館内に点在して図面まで掲げられている。これを見ると1 本マストのオランダ船だがいかにも四角い。平面図では船首も船尾も同じ四角で、船室の面積は広い。速力は出ないかもしれないが貨物や客船としては小型ながら相当の収容力があるのだろう。特有のリーボードは図面で見る限り全長の5 分の1 ほどもありいかにも大きい。

博物館の外には記念艦があってガンボート「バッフェル」という。ぼくはてっきり客船だと思っていた。なぜかというと艦内の設備がいかにもそれらしかったからだ。後でパンフレットを見るとこれは19 世紀のガンボート(小型砲艦)で、完全な形で保存されているんだと書いてある。黄色く塗られた1 本煙突の船で、後檣には大きなスパンカーを張れるようになっている。この当時の艦長室(写真下)、士官室などは豪華なもので、水兵の食卓もかなりきれいに整備されている(写真下)。われわれが小説で読む17、18 世紀の軍艦から見ると大分改善されているんだろうが、それでも士官と水兵の格差は大きい。艦内にも模型が展示されていて、ウオームギアを通じるラダーホイールと舵の関係が分かるようになっていたりする。

この博物館のショップでぼくは面白いものを見つけた。白黒写真の絵葉書だが、かのタイタニック号の組立て中のエンジン、プロペラシャフトの取付け作業、進水の模様、処女航海に出発する前に手紙を便船に積み込むところ、タグボートに押されて航海に出発するところ、建造者のピリー卿などいずれも本物の写真で、ご丁寧にタイタニックが遭難したときに救助に駆けつけた1 本煙突の貨客船カーポシア号の写真まである。写真で見る限り4 本煙突の第3煙突から煙を吐いて処女航海に出発するタイタニック号は威風堂々たるもので、そのまま大西洋に沈んだのはいかにも惜しい、そんな感じのする写真だ。6 枚で6.3ユーロは安かった。

館内の吹き抜けの壁に並んだ船の模型
館内の吹き抜けの壁に並んだ船の模型
艦長室
艦長室
水兵の食卓
水兵の食卓

デ・デルフト号建造所:見つけにくい穴場

かねてから関口さんが目指していたのはロッテルダム市内にあるデ・デルフト号を建造する作業所の見学だ。なんでも前回一人で来たときに探したのだがどうし ても場所が分からなかったという。足立さんはもちろん、バスの運転手さんも知らない。それらしい水辺にいったのだがそこではない。いろいろ尋ねてあっちだ ぜ、といわれたのはその水辺の向こう側だった。そんなに遠いところでもないのに尋ね当てたときは11 時46 分で、博物館から50 分近くたっていた。関口さんが分からなかったわけだ。

 

もらったパンフレットで場所を見ると新マース川河畔に1960 年に出来たかの有名な185 メートルの塔ユーロマストのはるか西に位置している。ここのパンフレットはオランダ語しかなくて、この名称は「SHEEPSWERF ‘ DEDELFT’」という。推測するに「デ・デルフトシップワーフ」なんだろう。だからぼくはあえてデ・デルフト号建造所と名づけた。それはともかく、こ の建造所の職員はほとんどおじさん、どちらかというとおじいさんばかりで何だかみんな大変親しみやすい。2つの班に分かれて見学したのだが、ぼくたちに説 明してくれたのは丸顔のほとんど頭髪のないおじいさんで、まことに朗らかな人だった。

広い屋内作業場は一段高いところに見学通路が設けられていて、そこから覗くと作業中の各セクションをよく見ることが出来る。中央には10 分の1 の模型が出来ていて、かなり精密に作られているらしい。これを元に実船の寸法を取るのだという。作業セクションは彫刻部門、ブロック製作部門、ロープ部門 などに分かれていてそれを上から眺めることが出来る。ブロック部門ではおじさんが何か言うと下から輪にしたロープをひょいと放ってくれた。それを手に取っ て、これブロックの外部の溝にまわして上の部分を締めれば吊るすことが出来るんだと説明してくれる。


そうこうしているうちに、外へ出てみようということになり建造中のデ・デルフト号を眺める。バタビア号と違っていかにも建造中という感じがするが、フレームなどはかなり繊細に組みあがっていて、各々の継ぎ目は蝶々型の楔で固定されている。キールの下もレールを支える木組みがきちんと支えていて、上さえ出来ればいつでも進水できそうな感じだ。ここでは見学を目的としているのではなくて、建造そのものが目的であることが明らかに見て取れる。作業している人も多いし、さすがにクレーン車を使って組立てを行っているようだが活気が感じられる。

それでも、ここは見学者がかなり限られているようで、われわれのような「専門家」は大変歓迎された。いかにも船が好きでしょうがないといった感じのおじさんはいろいろ説明してくれた挙句、われわれがモデラーだと知ると身を乗り出しておれもそうだぜ、という。ここでは端切れの廃材がいくらでも出るから持って帰って材料にしているんだ。この黄色の袋にいくらでもあるから持って帰らないかねと親切に言ってくれる。ご親切はありがたいが旅の途中だかねぇ、何せ重いからどうしようもなくて見送らざるを得なかった。それでも、同好の士と出会えると言葉の壁を越えて交歓できるのはどこへ行っても同じだ。これがあるから旅は止められない。


キンデルダイクの風車:世界遺産の19基

思いもかけず楽しい見学を終えて、われわれのバスはすぐ近くにあるデルフトへ向かう。ここで昼食を摂るのだが、途中橋が揚っての信号待ちがある。オランダはこれがあるのでよく遅刻の言い訳に使われるんだと足立さんがいう。なるほどかなりの時間待たされ、レストラン・バスティレに着いたときにはもう午後2時に近かった。蒸し豚のメインディッシュのたっぷりした昼食の後、添乗員の福田さんは足立さんと相談したのだろう、おそるおそるといった感じでみんなに言う。
「実は・・・そのう、これからオランダの風車を見学して更にハーグの美術館へ行く予定だったのですが・・・時間がなくて・・・」
と歯切れが悪い。最初の予定では海事博物館の後にすぐ風車を見学することになっていたのだ。昼食後に美術館へ行くはずだったのだから時間が足りないのは当然だ。何しろデ・デルフト号でたっぷり楽しんだのだからしょうがない。福田さんは関口さんの髭にも恐れをなしていたのかもしれないが、とどのつまり風車と美術館とどっちか1つをみんなで選択してくれというのだ。

分かるけど、さあ困った。どっちも行きたい。ぼくは美術館の方に手を上げたが大勢は風車を支持したらしく、10対8でキンデルダイクへ向かうことになった。午後3時、バスは出発したが、キンデルダイクの風車は辺鄙なところにある上に有名な世界遺産だから見学の車の多い。川沿いの道は狭くてわれわれの大型バスは肩をすぼめるようにして通る。
やっと到着して、無理々々狭い駐車場に入り込んだときには3時47分を過ぎていた。土手沿いに点々と見える風車はさすがに見応えがある。19 基も残っているのはここだけだということで世界遺産にもなっているのだ。開放されている1基に入って見学するが風車とはいっても基本は帆船と似ている。何というんだろう、風車の骨に布製の帆を張ってしかも状況によっては途中まで張ったり縮帆もしたりするんだという。おまけに風車そのものの向きを変えるための頑丈な装置もあって、風向きによってはロープを引いて最適な方向に向けるのだそうな。これなんぞはまさにヤードを回すのに似ている。

オランダの風車はいろいろな動力源として使われたが、主な役割は水を海に戻すことにあるのだという。われわれがサクセス号に乗ってアムステルダムに向かう間にも3回も閘門を通過している。何しろ水運の発達している国のことだからいろいろな船が頻繁に出入りしていることは間違いない。全体から見れば閘門の水位差はそれほど多くはない(大体70センチぐらいだろうというのがわれわれ仲間の推定だった)にしても、3~4段階にも低くなっているアムステルダム周辺の水位を維持するにはそれなりに水を戻す作業を要求するだろう。今は動力ポンプを使っているのだろうが、昔風車で水を戻すことがいかに重要かつ大変だったか、考えてみると恐ろしい。オランダ人はよくもまあこんな国土を維持してきたものだと、快い風に吹かれて風車を見ながらぼくはそんな思いにとらわれた。

土手沿いに点々と見える風車。19 基も残っているのはここだけで世界遺産になっている。
土手沿いに点々と見える風車。19 基も残っているのはここだけで世界遺産になっている。

今夜からまたアムステルダムのホテルに3泊する。明日のメインイベント、セイルアムス2005 の見学を控えて今夜はゆっくり休もうなんぞとは誰も考えなかったに違いない。午後6時半になって夕食に出かけようというのにいつまで待っても関口さんが来 ない。どうしたんだろうねとみんな心配するうちに、誰かが思いついて部屋に電話をした。
「関口さんは部屋にいたぜ!」
彼は一人部屋を選択しているから様子が分からないのだ。やがて悠々と現れた彼の言い草がふるっていた。
「いやぁ、ごめん、ごめん、博物館で買った紙の模型を組んでいて出掛けるのを忘れてた。」
こういう豪傑を相手にイライラしても始まらない。
レストラン「BRASSERIE ‘DEPOURT’」のシーザーサラダ、魚のムニエル、温野菜にバターライス、スポンジクリームのデザートで満腹し、街中にあるスーパーマーケットでそれぞれの買い物をしてホテルに戻ったのは午後9時を過ぎてからだった。
さあ、明日は待望のセイルアムス2005のパレードを見に行くのだ。

 

(福田正彦)