復元慶長使節船

サンファン・バウティスタ号奮船記ー石巻


本業の風洞実験模型の合間に、支倉常長の慶長使節船サンファンバウテイスタ号の船内備品制作を手掛けることとなった。当初さほどの種類ではなかったのだ が、小生の見積りが廉価だったためか、大幅な増加になった。所謂和詳の火縄銃、石弓、大砲の装壊具及び弾丸、ランタン、砂時計、トラバース・ボード、デバ イダー及びこれらの収綿箱、オール、ハンドスパイ辛、帆布箱等々。

 

こうした中で、銃や石弓などは採算度外視で夢中になったが、オールやノ\ンドスパイキは体にこたえるばかりですこぶる面白味がない。2か月ばかりか かった仕事も、最後は毎度の事で徹夜となり、朝6時のトラックの発送にやっと間に合わせた。翌日一日掛けて残った仕事を仕上げたのが午前1時であった。こ の日7時40分の列車で取付け作業に出掛けるため、仮眠をし、腰腰として東京駅へ。同行のI氏、A氏と共に仙台へ向かう。疲労と睡眠不足で朝食を取る気に なれず、仙台に着いてから弁当を買うことにした。ところが仙台線の格子は普通の電車タイプのもので、やむなく断念。10時40分頃石巻より4つ手前の矢本 駅に着いて、駅前の食堂でやっと朝食にありついた。


翌朝フォスターの草競馬のチャイムが町内に鳴り渡る。時計を見ると6時ではないか。何と早起きな町か。早々に朝食を済ませて造船所へ。明日はドックに注水 検査等があるので作業はこの日限り、忙しい。船内の人形もなかなかよくできている。支倉常長が神父ソテロにトラバース・ボードの説明を求めている場面では ナレーションが入る。ビスカイノの机にインク壷、ランタン、砂時計等を取り付ける。暗い船底で大砲の周囲で談笑している人形は、初めてだとびっくりする。 船尾楼居住区はベッドと文机があるが、急勾配で居心地が悪い。火縄銃や石弓等にネジ止めの穴を開けるのは残念だが、盗まれては何もならない。作業の合間に ドックの下まで降りてみた。船は右に少し傾けて二本の丸太でつっかえ棒がしてある。枕木が船の重みでかなりへこんでいる。水を抜きながらうまく台に乗せる ものだと感心する。そうこうするうちに昼となり、今日は弁当ありと思いきや、前日注文したはずが連絡ミスでまたもや弁当なし。だがこの日は元受の社員が車 で弁当を貰ってきてくれて飢えずに済んだ。午後5時頃最後のシップベルの取付け。この握りの部分は元船乗りの鈴木椎助氏が念入りに編んでくれた。八点鐘を 打って終りにしたかったが、心の中で鐘を鳴らしてジ・エンド。

 

I氏、A氏はこの日帰京したが、小生は翌日の注水を見るためもう一泊することにし、前日の店 でハマチ、サンマの刺身、網茸、うなぎそぼ(つゆに霞した茶そばの上にうなぎの蒲焼が乗っている。意外な取合わせだがうまかった)等々で祝杯をあげ大満足。

 

翌朝8時過ぎに造船所に善くと既に注水が始まっている。海側の堰から四頭の龍のように水が噴出している。海の香がいやまして鼻孔をくすぐる。3時間 程かかって2か所のドックが海のレベルと同じになると、2つの堰も浮き上がってタグボートに引かれていった。初めて見る光景だ。そして一般公開で再びまみえようと造船所を後にした。

かくしてタクシーで山西造船所へ。何もない荒れ地の彼方にマスト が見え、乾ドックに乗ったサ号に面会できた。総トン数5百トン、全長55.37メートル、高さ48.12メートル。船首には金色の阿形の龍、ラダーの上に は嘩形の龍、左右のテインバーヘッドの上の獅子頭はいただけないが、1千万円置したという龍が儀かり過ぎたおまけだという外野の話し。船内はきっちりと肋 骨が並んでいるが、褐色のペンキが塗ってあるのが残念だ。木材の傷に木栓が詰めてあるのと保護のため仕方がないのかもしれない。龍骨は見えないがバラスト の入っているのを一部見せている。早速取付け作業に掛かったが、工場内の規則でヘルメットを着用しなければならない。これはどうも不都合なもので、上方の 視界を遮られるため、スポットライトに当たって、あちらこちらでゴツンガテン。粟に当たってむち打ちになりそうになるわで、仕事にならない。ヘルメットは なるべくかぶらないことにした。

 

そうこうするうちに昼となったが、我々は朝食が遅かったので後にすることにして仕事 を続けた。3時頃になって空腹になったので食事をと思ったが、工場内に食堂などはなく、外は荒野があるばかり。昼食は前日に注文するのだとのことで、また もや食事にあふれた。空服を抱えて午後7時まで仕事をして旅館で夕食をと思ったら、昼までに連絡しないと夕食はできないといわれてガックリ。しかしタク シーの運転手さんのおかげで、旅館の近くの店で結構な夕食が取れてやっと御機嫌。

 

(ザ・ロープニュースNo.2 絵と文 宮島 俊夫)