ミスティック Mystic


3月29日(火)快晴。今日も空気が冷たい。

博物館ミスティック・シーポートの開場時刻9時に合わせて、ホテルを8時30分に出発。博物館までの約1kmを町並みを眺めながら徒歩で移動。入場は持参のJAFカードを提示してシニア料金$22が11名全員$19に割引きされる。

この博物館はコネティカット州ミスティック川河口沿いの敷地約45,000坪に、各地から移設された60ほどの保存建物と数隻の保存船があり、19世紀のアメリカの河口集落を再現した複合施設である。いわばアメリカ版、海辺の明治村といったところか。

博物館入口(Mystic Seaport Gate)
博物館入口(Mystic Seaport Gate)

修復工事中の現存する最古の木造捕鯨船“チャールス・モーガン”
修復工事中の現存する最古の木造捕鯨船“チャールス・モーガン”

最初に現存する最古の木造捕鯨船“チャールス・モーガン”を修復中の造船所へ向かう。一行がこの船に近づくと、数人の修復作業員達が朝のコーヒーとタバコをやりなら焚火で雑談している。だが、我々を見るとさっと話を止めて散って行った。入場時の案内書には「施設内禁煙」の注意書きがあり、筆者は夕方までの禁煙を覚悟していたが大いに安心する。“モーガン”の手前には細長い小屋があり中型スクーナーのキールが保存されている。さっそくキールの継ぎ方に男性陣は注目。

 

その後、マストを全て外され陸揚げされた“モーガン”の工事用仮設階段を真っ先に上がり上甲板に入ると女性説明員が『Good Morning!』と明るく声を掛けてきた。他の人たちは船底を念入りに観察していてまだ上がってこない。黙っているのも気まずいので、彼女に『我々はカ リフォルニアのシップモデル展に参加するため日本から来た』と拙い英語で伝え、出品作の3マスト・スクーナーの写真を見せた。彼女はすかさず『オー!ブ ルーノーズ?』。彼女は“モーガン”以外の帆船について詳しくは無さそうだ。全員揃ったところで彼女を囲み、当時の捕鯨の説明を聞いたり、質問をする。修 復作業は2014年に終わるとのこと。時のたつのを忘れ“モーガン”を降りたときには早くも1時間経過していた。同行のレディ達(?)にとってはあまり興 味のない帆船の細部だが、船尾の狭く原始的なトイレには些か関心を持たれたようである。

19世紀ミスティック集落のジオラマ(Diorama of Mystic Village at 19th)
19世紀ミスティック集落のジオラマ(Diorama of Mystic Village at 19th)

次に隣接の造船所建物の二階通路より地上での修復用部材の切り出しを見下ろしながら、通路の“モーガン”関連展示を見て行く。ここには船喰虫とその被害の現物を展示していて、皆の関心が盛り上がった。次に修復用にストックされている材木置き場を通って、敷地の中心をなす保存船群と19世紀の集落のエリアへ移動する。途中、今の時期はまだ乗船できない蒸気船“サビーノ(Sabino1908)”が係留されていたが、外からさっと見て、次のジオラマの建物へ。この建物には1850~1870年頃のミスティックの集落を1.6kmに亘り再現した縮尺1:128の巨大なジオラマ(全長15m)が収まっている。説明には「このサイズの集落としては全米一多くの船を造り出した」とある。川辺のいたる所に各製造段階の船体が置かれ、木造船を造る昔の様子が良く解るジオラマである。1870年頃に建てられた救命小屋には奇妙なボートが展示されている。帆船時代の海辺では荒天時に座礁事故が多発したが、普通のボートでは接近できない場合に使う鉄製の密閉型のカプセル状のボートだ。開発されたのは1840年頃。使い方は陸側からロープを結んだ飛翔体を難破船に向け発射し、船はロープを手繰り寄せて、このカプセルに複数の船員が乗り込んだのち、陸側から引いてもらい救助される仕組みだ。

古いスル ープ・ボートの修復作業中。
古いスル ープ・ボートの修復作業中。

次のボート製作所では折しも二人の男性が古いスループ・ボートの修復作業中。田中さんが36回展に展示した同型模型の写真を見せると、仕切りの中へ招かれ作業中のキャット・ボートの説明を受け、間近に見学する。次いで土屋さんがシップモデル展に出品する構造模型の図面と写真を出すと二人は作業を中断して、話題はシップモデルの話に移った。この後、大小のブロック保管庫、帆の縫製所など見て、マスト・ヤード置き場ではジャック・ステイの細部を観察する。

ロープ作りの体験(Rope Work)に挑戦
ロープ作りの体験(Rope Work)に挑戦

この区画で一番大きい建物であるロープ製作所を通り抜けると、若い女性が屋外のロープ作り体験機で3本撚りロープの実演をしている。我々の自作器具より大 きいロープ撚り器を来場者が回しロープ製作の体験ができる。空いたところで我々もロープ作りの体験をしてみた。続いて練習船“ジョセフ・コンラッド”。鋼 鉄の船体、3マスト、シップ・リグにしては非常に小型のこの船の最初の名は“ゲオルク・スターゲ”。1882年、デンマークで建造されて1905年に沈没 するが引き上げられ改名して、今日少年少女のシーマンシップの教育に使われている。航海にはもう出ない。メンテナンス作業中のため見学はデッキのみであっ た。次に寄った10棟ほどの建物が並ぶいくつかの店について紹介する。

マスト・フープ工房
マスト・フープ工房

Shipsmith Shop:船具鍛冶工房とでも訳すのか。ここは19世紀から今に続く鉄工所。我々が入ってゆくと作業中の男性は手を休め『ここの保存船が必要とする鉄製品を作っている』と説明。シャックル、リングボルト等がテーブルの上にころがっている。航海用器具の店:六分儀、羅針盤など置いてあり、若い女性が説明する。
Hoop Shop:マスト・フープ工房。大小いろいろな径の木の円盤があり、柔らかくした細い木を巻きつけて作るらしい。無人のため説明はなし。印刷所:年代物の活版印刷機を使って各種印刷物を実際に刷っていると老婦人より説明。

ダントン(L.A.Dunton1921)
ダントン(L.A.Dunton1921)

マスト・フープ工房(Foop Shop) 通りの店を何店か残し“L.A.ダントン”に向かう。

看板によると「この船は1921年建造され、外洋帆走漁船として発達の極みに達したが、動力船による底引き網漁により時代遅れとなった。(中略)“ ダントン”は年に18回ケープコッド沖やニューファンドランド沖へ出漁し、夏はハリバット(大型のカレイ)、冬はハドック(タラの一種) を氷漬けにして持ち帰りボストンの市場へ供給していた。(中略) 大恐慌以降はエンジンを付けマストを切り詰め更に漁に使われた。1955年以降沿海貨物船として使われたが、1963年ここに引き取られ元の姿に復元され た」とのこと。アメリカやカナダのこの型のスクーナーは左右のアンカー・ケーブルが異なっており片方がチェン、他方がヘンプ(麻)である。その理由を説明員の老婦人に聞いたところ、ヘンプ・ケーブルは岸に舫うのに使うとの説明であった。しかし、すっきりせず帰国後にチャペルの本で調べたら「チェンはハー バー・サービス用で短い、ヘンプは長さ300~400ファゾム(1ファゾム=1.8m) でグランド・バンクス等でのハリバット漁に用いる」と載っていた。これにて納得。


ここで正午をやや過ぎ昼食のため、博物館内で今の時期唯一営業している軽レストランへ入る。各自バーガーや飲み物を注文。アメリカ人の1人前の量に閉口し ていた私たち夫婦にとって、ありがたいことにメニューに1/2サイズのサンドウィッチを見つけホッとする。たぶん子供用だろう。午後から女性4人は添乗員 の福田氏に伴われ別行動となる。

レストランでの昼食(Lunch Time)       彫刻工房(Shipcarver's Shop)      パブ跡(at a Cottage)
レストランでの昼食(Lunch Time)       彫刻工房(Shipcarver's Shop)      パブ跡(at a Cottage)

午後4時にホテルの女主人からアフターヌーン・ティーを招待され、ご馳走になるため、それまではミスティックの町の散策で時間をつぶそうと博物館を去る。 残った男6人は午前中に見残した店や作業所の見学を開始。ここのミュージアム・ストアではたっぷり時間を取りたいので先を急ぐ。

Shipcarver's Shop(彫刻工房。フィギャーヘッドや船名板を作る作業所)

ここでも我々が入って行くと何やら製作中の男性が手を休めて説明してくれる。壁際にはディヴィ・クロケット風の船首像が、その外、船名の彫刻などが あちこちに。隣の居酒屋(実際に営業はしていない)では19世紀の船乗りの歌をヴァイオリンの弾き語りで聴かせている。意味は判らないが哀調を帯びたアイ ルランド風メロディに一同聴き入る。この居酒屋の名は「スポーター・タバーン」、小説「白鯨(MOBY DICK)」に出てくる酒場の名を借用している。曲が一区切りついたところで次の展示ギャラリーに向かう。ここは「航海・アメリカと海の物語」と題して過 去から近代までの海に関わるアメリカの歴史を多数の模型、絵画で紹介している。

フィギャーヘッド展示館(Figureheads)
フィギャーヘッド展示館(Figureheads)

私事で恐縮だが、アメリカン・スクーナー・ファンの筆者には写真で見て製作の範としてきたエリック・ロンバーグ・Jr.やウィリアム・クインシー作の模型を間近で見ることができ、はるばる来た甲斐があった。ここでは多数の模型を堪能し、隣のフィギャーヘッドの展示館へと向かう。フィギャーヘッド展示館はほの暗い照明の中に30体ほどのフィギャーヘッド、ビレットヘッドなどが浮かび、落ち着いた雰囲気の展示となっている。博物館によってはフィギャーを雑然と並べまるで倉庫の中のような展示もあるが、ここではセンスの良さを感じる。実際に船に装着され何度も塗り直された塗装も、このような品の良い色調であったのか。船の在り合せの塗料で水夫が適当に塗り直した場合もあっただろう、と想像するとまた疑問が湧いてきた。この建物の壁を隔てた残り半分は先住民や船員の刺青のコレクションなので素通りし、フル・リグシップ“ベンジャミン・パッカード”の展示品へと急ぐ。
1883年建造のこの船はまだパナマ運河のない時代、東海岸からホーン岬回りで西海岸へ大量の貨物や旅客を運んだ。1924年の航海を最後に見捨てられ、1939年ロング・アイランドの入り江に沈められる寸前に幹部船員の部屋や調度類のみ救われ、ここの人達により復元保存されている。この船のミズン・マストの艤装はちょっと変わっていて、通常ロアー・マストに付いているガフが無く、トップ・マストに非常に小さなガフがある。これでは旗を掲げるだけで帆は張れそうにない。3角形のスパンカーを張ったのだろう。次の建物は古いボートや初期の小型蒸気エンジンのボートの展示で、写真を撮ってすぐ移動。敷地の北端建物アートギャラノー2階にクラシック・ヨットの写真で有名な「ローゼンフェルト・コレクション」の展示を鑑賞し、最後にタグボートの今昔の模型や解説をみてミュージアムのほとんどの展示を踏破し場外へ向かう。

シーポートストア(Seaport Stores)
シーポートストア(Seaport Stores)

メイン・ゲートの横には立派なミュージアムの「シーポートストア」があり、1階は衣類やマグカップなどの記念雑貨売り場、2階はマリン関係の本・海洋画のプリント、模型などが並んでいる。本の種類が非常に多くモデラーの購買意欲を刺激するが、西海岸でのお土産が増えることも考慮しセーブする。

 

写真を1枚撮ったあとで「店内撮影禁止」の表示に気付く。折角な のでここに公開。ここには1時間ほど留まり各自記念の品々を買った後、隣接のアート・ギャラリーで数千~数万ドルの模型や絵画を鑑賞し、午後4時前に予定 をすべて終了。「サンキュ-、また来てね」の看板を横目にホテルヘ帰る。ホテルでは丁度、女性たちがティ・パーティに呼ばれており、合流してお茶とケーキ をご馳走になることができた。朝からかなり歩いたので足は疲れたものの、みな満足の1日であった。

(佐藤憲史)