ロシュホール Rochefort


ロシュホールの朝は快晴の日曜日。博物館を見たあとパリに戻る。今回の旅も大詰めを迎える。タクシーを呼んでもらい、ロシュホール国立海洋博物館に行く。

 

ロシュホールは海軍工廠のあったところで博物館の隣に乾ドックが2つ並びその先にコルドリー(Corderie Royale)というとてつもなく細長い建物(およそ350mくらい)がある。

 

乾ドックの一つをテントで覆い、中では現在ラファイエット艦長のフリゲート艦 L’Hermione エルミオーヌ1780 年(全長:65m、ハル:44.2 × 11.2m,全高:54m,キール底面からフレームまでの高さ:12m)をエルミオーヌ-ラファイエット・アソシエーションの手で1994 年7月4日から復元建造中で、見学者用の足場を廻って傍で見ることができる。子供向けのイラストパネルがあり復元の模様を判りやすく説明している。


エルミオーヌ-ラファイエット・アソシエーションの手で1994 年7月4日から復元建造中のラファイエット艦長のフリゲート 艦L’Hermione エルミオーヌ
エルミオーヌ-ラファイエット・アソシエーションの手で1994 年7月4日から復元建造中のラファイエット艦長のフリゲート 艦L’Hermione エルミオーヌ

コルドリーは実物のロープを縒る機械がおいてある。線路が敷いてあってその上に模型で糸を縒るときのような構造のとてつもなく大きな機械が展示さ れ、ロープの作り方を説明している。この建物の細長い理由に納得した。かってのロープ製造所だったのである。このあと海洋博物館を訪れる。素晴らしい大型 模型、航海用具、ナーバル・スカロプチャー、変わったところで手術用具などの展示がある。ここロシュホールにはナーバル・メディカルスクールがあり見学も 可能になっている。エルミオーヌと博物館のアクイユは道を挟んで向き合いに建っている。エルミオーヌのモノグラフィー(ブードリオの図面などはこう呼ぶ) はないかと訊ねると意味がわからないらしく四苦八苦。やっとのことで1/72 の図面をゲット。どうやらこちらではPlan プランというようだ。この後とんでもないことになった。博物館を跡にして街中に出て昼食をとろうとしたら満席でお断り。近所でほかにないかと訊ねると 「さぁ!」という返事。駅前に行けば何かあるだろうとタクシーを呼んでもらいホテルによって荷物をピックアップしロシュホールの駅に行く。するとなにもない!まったくなにもなくカラーンとしている。おまけに今日は日曜日。パリに戻る予定の列車は運行してない。気が緩んでいたのか曜日のチェックを忘れていた ようだ。アッという間にキオスクのおばちゃんは鍵をかけて帰ってしまう。自動販売機の飲料とスナック菓子で飢えをしのぎ、荷物を抱えているので動きが取れ ず5時間近くを人気の少ない駅で疲労による眠気と闘いながら時のたつのをじっと待つ。日本では梅雨だがこちらは乾いたさわやかな空気が吹き抜け心地よいことに気がつく。パリに着いてホテルの隣のブラッスリーで海の幸盛り合わせの前菜を取り、オマール海老のグリルをメインに注文。まずはシャンパンで咽をうるおし昼の敵討ちを取る。

 

博物館は通常月曜日の休館というのが多いが海洋博物館は火曜日が休み。午前10 時の開館にあわせて出かける。今年は3月から8月一杯までジュール・ヴェルヌの特別展が階下の展示場で開かれている。小学校低学年の児童が先生に引率され て次ぎから次ぎへとやってきて落ち着いて見ることも出来ない。興味あったのはタートルから始まる潜水艦発達の歴史で、圧縮空気を用いたエンジンで推進する プロンジュールという潜水艦Le Plongeur 1863(全長44m)のアニメと1867 年にロシュホール造船所の工房で作られたという同船の1/33 縮尺模型であった。ここにはスペインのイクティネオⅡは紹介されていない。パリ海洋博物館は数年前から特別展を催し大幅な展示模様替えをしている。 A.A.M.M.の図面にその模型の実物がどの部屋に展示してあるなどと書かれているが現在は無いことの方が多い。マリージャンヌなども見当たらない。 ミュージアムショップで今回の特集のガイドブックやその他の本を購入する。これで今回当初計画した旅は曲がりなりにも終了。

 

エピローグ

ここでThe Rope News №42~43号で松本善文さんが書かれていたリュクサンブール公園の貸しヨット屋の記事を思い出し出かけてみた。それらしきものは何も無い。サンタンニン グしている男女だけ。時間は12 時ちょっと廻った頃。曜日が影響しているのかしらなどといろいろ想い描く。亡くなられた平生数馬さんが1986 年に撮影されたという写真を帰国後に読み返してみる。やっぱり存在していたのか?ご存命ならば撮影された曜日、時期を伺いたかった。というのはかつて私が 同園を訪れたのは1967 年の6月のこと。当然貸しヨット屋のおばさんはいたはず。しかし私の脳裏には何の記憶も残ってはいない。私としたことが陸海空の乗り物に関して、まして模 型ともなれば写真は撮っただろうし、記憶に残らないはずは無い。ともすると消えかける当時の記憶を必死に探し追い求めても所詮白いスクリーンはそのまま何 も映し出してはくれないようだ。

編集者注:リュクサンブール公園の貸しヨット屋は夏の間(7~9月頃)に店を出すそうです。

 

(関口正巳)

ザ・ロープ行事予定