レリスタット Lelystad


バタビア号-中に入って見られる建造船

   朝の6時半はまだ完全に明けていない。サクセス号の小さなシャワールームはそれでもお湯が出る。小型帆船の贅沢に慣れていないぼくはびっくりした。卵にベーコン、オレンジ果汁に牛乳、期待のチーズにパンとくれば朝飯としていうことはない。キャプテンのヴィーベがタクシーを呼んだからちょっと歩いてくださいという。何度もいうようだが、8 月だというのに肌寒い。半袖はおろかジャケットを羽織ってさえそうだ。関口さんなんぞはその上に黄色い雨合羽を借用に及んで風を防いでいる。書類に集中して自分の着るものを忘れてきた添乗員の福田さんは黒いTシャツ1枚で震えていたが昨日、たぶん三田村さんだろう、親切にもジャケットを貸してあげたものだからやっと一息ついたという。狭い桟橋を1列になってぞろぞろと上陸し、田舎道をちょっと歩くと倉庫の陰になった広場につく。8時50分だった。そこへ4台のタクシーがやってきてバタビア号まで運んでくれたが、なんとタクシーには暖房が入っていた。

まずは海側から見たバタビア号をご紹介しよう。博物館へ何でこんなに早く行ったか分からないが、10時にならないと扉が開かない。まだ9時5分だぜとみんなはいうが、それでもどうにもならないからぼくは一人離れてその辺りをうろうろする。人もほとんど通らない通りの後ろの建物は昔の城壁を模しているんだろう、砲門が煉瓦塀にずらりと並んで大砲が突き出ている。後で風になびく旗をよく見たらこの中はなんとアウトレットのショッピングセンターだった。

   博物館をぐるりと回りこむと係留されているバタビア号の海側に狭い桟橋があってそこへ向けて直角にキャットウォークが設けられている。そこならバタビア号の真正面から写真が撮れる。誰もいないからこれはスクープだぞ、と勇んでそのキャットウォークに乗り出した。ところがこのウォークは白いペンキ塗りの鉄製の網で、もろに下が見える。雲が厚くどんよりとした天候の中、海面からわずか3メートルぐらいの高さで波はないが風は強く行くほどにひざから上、ヘソから下が吊り上る。情けないが何とか我慢して撮ったのがこの写真だ。同様に、船尾側にも回って同じように写真を撮ったが、やはりへっぴり腰でまあ自慢にもならない。

バタビア号の船首(左)と船尾(右)
バタビア号の船首(左)と船尾(右)

10時少し前、暖かい館内の玄関にみんな集まったが、まずバタビア号の悲惨な歴史とレプリカを建造するフィルムを見る。幸い日本語の解説でちょっと生硬だ が、事情はよく分かる。レプリカの建造そのものはやはり国家的なプロジェクトだったようだ。手渡されたコピーはここの鳥瞰図で“バタビア・ワーフ”とあ り、たぶん「国立記念船センター」という意味なんだろう、すべてオランダ語だからよく分からない。しかし、この博物館は館内展示よりも屋外にある建造中の 船が見もので「もう少し大きい船」という説明だったが、やはりバタビア号らしくそれはフィギュアヘッドを見るとわかる。何のためにどこに展示するのかもわ からないが、うれしいことに建造中とはいえ見学通路が完備されていて、かなり中まで見ることができる。

現在は白木のフレームが組み上がって、船尾部分のフレームだけが整備されて防腐塗料も施され、フィギュアヘッドはきれいに彩色されている。白木とはいって もゆっくり建造しているらしくもう灰色で、フレーム2枚分をボルトで締め付けてあるが模型と違って継ぎ目がきちんと接合されているわけではない。

 

後で補強するのかそれとも実際に航海に乗り出すわけではないから外板で十分強度が保てるのか、そのあたりはよく分からないが仮組みではなさそうだ。
船台の横には船材が何枚も重ねてあって、その厚さは優に20センチを超えるだろう。樹木の枝などの湾曲部を利用するのだと図解する看板が見える。その傍らにはロープとブロック類を保管する倉庫があり、屋内には十分の1程度の縮尺の模型がいくつかある。

 

海側に係留されているバタビア号へ向かうときれいな塗装は常に保守されているらしく、船尾張り出しの下にある帆船群の絵画も手入れの最中だった。船内に入 るとさすがにもとの様子がよく再現されていてリギングも手を抜いていない。備砲も数こそ少ないがそれぞれ整備されている。しかしブリーチングロープもテー クルも付けていないのはなぜだろうか。狭い階段をごそごそ船底に降りるとそこにバラストが積んであってさすがに石ではなくて四角いコンクリートのブロック と鉛の延べ板だ。変なところで現代が顔を出しているのがなんとなくおかしい。


バウスプリットの根本
バウスプリットの根本

太いバウスプリットが船内に入る部分は皮の鋲打ちで水を防いでいるし、末端の支持材はこれもかなり大きい。また、バタビア号のようなガレオンタイプの船の船尾は高く反り返っていて内部の傾斜はどうだろうかと常々思っていたのだが、中に入ってみると狭くはあってもそれなりにちゃんと水平を保っていて、当然のことながら安心する。オーロップデッキには貿易用には狭いけれども、かなりの面積を取ったチーズ棚があって、これはやっぱりオランダ船だと納得がいく。われわれが米を日常の食物として大量に持ってゆくように、オランダ船ではチーズが日常の食物として欠かせないのだろう。 

こういった展示と保守、しかもそれに加えて新しい船の建造にはかなり費用も掛かるだろう。"NationaalCentrum"とあるからには国が経営しているんだろうが、よくもまあこれだけのセンターを、そういっては何だが、かなりの田舎に維持しているものだと改めて「海洋国」というものを認識させられる。国を挙げて維持しています!というような意気込みがまったく感じられないし、ごく当たり前というその雰囲気がいい。それに比べるとわが国はやはり海洋国ではないなあ、と思う。その思いはオランダという国を巡るにしたがってますます顕著になるのだ。

やがて、それぞれにバタビア号を満喫して屋内に戻るとバタビアワーフのパノラマを展示した部屋にみんな集合した。
「あなたは英語を話すと思うんだが…」
と、痩身白髭の紳士が近寄ってきていう。そういえば先ほどこの人に建造中の船のことを聞いたっけ。
「グループの皆さんが集まってくれれば写真を撮ってメールで・・・」
いかん。敵を知り己を知れば百戦して危うからずと孫子さんもいっている。ぼくは己を知っているから面倒になったら手に負えないことがわかる。ここは逃げるにしかず。
「ぼくの英語はたいしたことはないんだ。よく分かる人がいるから…クリタさん!」とぼくは栗田さんに引き継ぐ。話を聞いた栗田さんは、写真をメールで送っ てくれるというんですがねぇ、なにしろ金もかかることですからと困惑の態だ。ここの職員のおじさんらしいが、小遣い稼ぎかもしれない。みんなもむげに断り かねて困っているときに、
「皆さん、船を回しましたよ。帰りましょう!」
とキャプテンのヴィーベが呼びに来た。地獄に仏というほどではないが、時の氏神であることは間違いない。それじゃーね、とみんないそいそと船に戻る。ちょうど12時だった。


バタビアワーフから少し歩くと岸壁で囲まれた船溜まりがあってバタビア・ハーフェンという。昨日セイルアムスの出迎え船で満杯だといっていたところだ。そ の外側の岸壁にわがサクセス号が廻航されていて、早速昼食となった。生のトマトをたっぷり使ったスープが大振りのカップに盛られて、これがなんともいえず 美味しい。遠慮せずに大量にクルトンを入れ、フウフウいいながら味わう。

 

 

アムステルダムへ-最終の航海

ゆっくり昼食を摂るわれわれの前をアムステルダムに急ぐ帆船群が続々と出航してゆく。セイルアムス2005に参加する帆船はすべて大西洋側、というか北海 側からアムステルダムに入る。後で説明するけれども北海運河を東に向かうのだ。出迎えの歓迎船はそれと一緒には入れない。内海からアムステルダムに入り北 海運河を西に向かって出迎える。参加船と出会うとそこで向きを変えて併航することになる。したがって歓迎船はすべて内海に集合しなければならないし、アム ステルダムに向かわなければならない。ほとんどがオランダの船だろうからその意味では何の問題もないのだ。バタビアハーフェンが混雑したのもそういった理 由だった。

「アムステルダムに向かう船で混雑するので、時間を無駄にしないためにこれから帆走はしません。大体3時間ぐらいかかるでしょう。」
と キャプテンがいう。先行した船を追ってわれわれがレリースタットを出航したのは12時58分だった。相変わらずの曇り空の下、快調にエンジンを駆ってサク セス号は走る。幸い雨にはならないが、左舷には陸地が続きはるか右舷には中堤防が見える。行き違う船はほとんどなくみんなアムステルダム港を目指している ようだ。午後2時にコックの青年心づくしのサンドイッチがでるがそれに挟んであるニシンの燻製がなんともうまい。海の上だと特にうまいのかもしれないが。

や がて港に近くなると続々と船が集合し大変な混雑になってくる。少数の平型運搬船を除くと大小の帆船ばかりでよくもこれほどの帆船がいるものだと感心する。 おまけに規格船ばかりではない。それぞれに趣向を凝らした、といった感じのスクーナーだったりバーガンティンだったり船外機を備えた小型船だったり、色も とりどりで黒あり白あり緑ありでまことに楽しい。セイルアムスはお祭りだ、とここへ来て強く感じる。

 

アムステルダム港に入るにはまた閘門を経なければならない。おそらく北海から見ると3段階に水面が低くなるのだろう。エンジン一杯に急いできたものの先行 した船も多く、ちょうど2隻前でゲートの信号は赤になった。風待ちならぬ閘門待ちでサクセス号はゆったりと漂う。左舷向こうは黒塗りの2檣スクーナーで 「アバンチュール号」と読める。7、8人の男女が甲板に集まって退屈を紛らわすのだろう、なにせ若者たちだから人間ピラミッドを作ってわいわい騒いでい る。みんなこっちを向いて、とうとうブルーのセーターを着た女の子を両脇から押さえて海に放り込むぞと脅すまねまでする。きゃあきゃあという声まで聞こえ て若者はいい。こっちは老人ばかりだからただニコニコと見るだけでまことに芸がない。


港に入る閘門の中はかなり広いけれども、なにせたくさんの船だからできる限り詰め込む必要があり左右両岸にまず比較的大型の船が係留される。その船にセイリングクルーザーのような小型船が寄り添うように接近してロープを取ってもらうのだ。ぎりぎり一杯という様子で閘門の中に入れ込む状態を見ると、前の船と接近するのにバウスプリットを巻き上げるのがきわめて効率的なことがよくわかる。こういったことは誰かが指図するわけでもなく、なんとなく自然に進行する。自ずからのルールはあるんだろうが誰もがそれを心得ていて、喧騒もなければ船がぶつかることもない。こういう狭いところで小型船を運航させたらオランダ人は天才的な腕前を発揮する。

やがて前方の閘門が開いて待っていたように各船は港の目的地へ散ってゆく。アムステルダム港といっても狭い範囲を指すのではなくて街の水辺のすべてが港、という感じだ。われわれが目指すのは何の変哲もないビルが立ち並ぶ街並みで、ビルの前の道路には車が往復し、その道路の外側が岸壁になっている。水辺に面したところはすべて岸壁ということらしく、道路と水辺を区切る壁の外には10メートルおき位に木製の太いボラードが並んでいて、どこであろうと接岸することができる。ここだけが特殊というわけでもなさそうでこんなところにも船の扱いに日本との差を感じる。

 

街中のここがどこか分からないまま わがサクセス号は接岸し、1泊2日のクルージングが終わった。傍にはもう大型のバスが停まっていて、出迎えの現地ガイド安立さんがニコニコしながらいい旅 でしたか、と問い掛ける。なんだか名残惜しいな、と思ううちに大きな盆を抱えてコックの青年が駆けだしてきた。ちょうど焼きあがったから食べていってくれ と香ばしいビスケットやオードブルを薦める。遠慮なくほお張りながら君はいいコックだねぇ、と挨拶する。もちろんキャプテンのヴィーベやイーブリンにもい い航海だったと感謝をささげる。それぞれバスに乗り込んで、サクセス号と別れを告げたときぼくの時計は午後5時13分を示していた。


チャー ター帆船による船旅は今回の目玉の一つだが、総じて船キチである会員には評判がよかったといっていい。ぼくも含めてもう少し長いほうがゆっくり出来たんで はないかという思いもある。オランダはわれわれの想像以上に海と陸のつながりはいいし、まあどこへ行ってもすぐ近くまで船で行けるというのが正直な感想 で、水運と陸上交通はほとんど別という感覚のわが国とはだいぶ違う。だからオランダなら田舎の町を船で訪れるのは特別のことではないし対応してくれる船は いくらでもあるだろう。

もっとも、小型帆船の船旅はそれなりの制約もある。ずいぶん設備もいいとは思うが例えばおにぎりに味噌汁がどうし てもほしいとか、バスタブがないとダメといった向きには不満が残るだろう。メンバーのご夫人方の評価もちょっと分かれたようで、寝具がジメジメしていたと いう感想もあったし(男どもは鈍感だったが)、一方で面白かったもっと長くてもいいわという評価もあったようだ。天候も含めて今回はちょっと条件が悪かっ たが、今後の参考になるかもしれない。

(福田正彦)