ミスティック Mystic その2


 

10月14日の10時にはノーティラス号の見学を終えてミスティック海港博物館に入った。今日は土曜日だから、まだ早いのにかなりの混雑で人気がうかがえ る。ここは面白いシステムで、16ドルの入場料を払うとミスティック・シーポート書いてある紺色の市松模様のついたタグをくれて、服の上にペタンと貼りつ けておけば、1日出入り自由ということになる。何しろ広いし、その気になれば門も自由に出入りできる。
ここは博物館というより、案内書にあるように19世紀の村の再現という趣があり、飲みものの売り子さんは当時の服装だが、現代の軽装をした多くのボラン ティアがその村を守り立てている。たいていはいい歳をしたじいさんだが、よってたかって工作もすれば修理もする、時として見学者に説明もするということ で、それを大いに楽しんでいるのが見ていてよく分かる。中央の小さな岬を挟んだ両側一面が港で、さまざまな船が舫ってあるしエビ漁の木製の籠が無造作にお いてあったりで、およそ博物館といった感じはない。今日はこの中で自由に動こうということになり、それぞれバラバラになる。昼飯に集合する予定だ。


入り口
入り口
馬車も通る園内
馬車も通る園内

捕鯨船チャールス・モーガン

ぼくの目当てはなんといってもここの目玉、捕鯨船のチャールス.W.モーガンで、本物が係留されているのだ。模型ではよく見かけるけれども、本物はさすがにがっしりした船でいかにも捕鯨船という感じがする。真っ黒に塗装され、ブルワークの上下の位置に白い線が2本入り、船尾の鷲の彫刻だけが華やかな飾りで金色に光っている。この船の特徴はなんといっても捕鯨ボートで、両舷に合計7隻も積載できる。舷側に沿ってがっちりしたダビットが並び、いつでもボートを降ろせるようにしてあるが、そこに吊り下げられたボートを見ると外見はかなり細身だ。
早速船内に入ると、もう大勢の人が訪れていてあちこちを見て回っているが、なんとなく往時のにおいが残っているような気がしてならない。何しろ海上遠くから奴隷船と捕鯨船はその強烈な臭いですぐ分かったといわれている。奴隷船はともかく、捕鯨船は当時では日本と違って油を採るだけが目的だから、船上で大釜に肉を入れて煮るという作業を盛大に行ったから臭わないほうがおかしい。鯨を解体するのは2本のブームに乗せた板をアウトリガーのように船外に倒して、その板と舷側の間に鯨を吊るして解体する。その装置もあってこれがいかにも捕鯨船だ。上甲板から下に降りると両舷に寝棚が区切られていて、説明を読むとそれは捕鯨ボートのクルーごとに分かれているんだそうな。ボートの大きさからいうと予備要員を含めても1隻あたり7,8人だろう。アメリカ式に鯨を採るのはボートのクルーにとってかなり重労働で危険な作業だったに違いないからそれなりの団結心が必要なんだろうな、と寝棚の区分けを見て思う。

世界で最後の木製の捕鯨船チャールス.W.モーガン
世界で最後の木製の捕鯨船チャールス.W.モーガン
ジョセフ・コンラッド
ジョセフ・コンラッド

また甲板に上がると、何だか大きな声がする。下を見ると本船のわきがちょっとした船溜まりになっていて、そこに捕鯨ボートが舫ってある。ボランティアだろう、若いクルーが3人座ってオールを構え、船尾には長いオールを小脇にして後ろに突き出した小さなマストを跨いで若い女性がしゃんと立っている。船首にはもじゃもじゃ髭のおじさんが仁王立ちになり、桟橋に集まった見物人に向かって大声でなにやら説明しているのだ。どうやら捕鯨ボートはこうやって動かし銛を打って鯨を採るという説明らしいが、ぼくにはさっぱり理解できない。しかし、なにやら言うごとにクルーが機敏に反応してオールを動かし、なにやらの動作をする。説明するおじさんはその風貌といい、両手を広げて説明する所作といいいかにも往時の捕鯨ボートの主といった態で、見物人からは笑いと拍手が起こっている。あれだったら、やっているほうは気持ちがいいだろうな、とついこっちも見とれた。
チャールス・モーガンは3檣のシップ型だが、すぐとなりに舫っているジョセフ・コンラッドも同じタイプながらずっとスマートに見える。そのはずで今は練習 船として航海訓練にも使われているという。この船も見ることができるが、やはり捕鯨船と練習船とでは乗船してみるとまったく感じが違う。面白いもので、何というかがっしり感とでもいったらいいんだろうか、ジョセフ・コンラッドにはそれがないが走らせたら早いだろうなと思わせる何かがある。おまけに船尾には礼砲用だろうか、9ポンド砲ぐらいの小さな大砲が2門甲板に固定されていた。本物の船というのはやはり乗ってみなければ分からない。もっとも、走らせて見なければ分からんよ、といわれそうではあるけれども。


ミスティックのワークショップ

前回に引き続いてのミスティック海港博物館だが、ここは船ももちろんだが、より「海港の維持」ということに重点を置いているように見える。単に見せる、 観る、ということではなくてこの港を昔のままに生かしておこうという意気込みを感じる。おそらく、ここが新しく出来た観光施設ではなくて、建国以来いやそ れ以前から続いてきた港だから、そのまんま維持しようということだろう。

 

それを支えているのが膨大なボランティアだ。漁船のような小さな船を洗っているおじさんにちょっと見せてよ、といったらどうぞと甲板に入れてくれた。
「あなたはボランティア?」
「そうさ、ここはボランティアが多くてね、今日は休みだから200人ぐらい入っているよ。」
という。そういえば今日10月14日は土曜日だ。どう見てもこの人たちの多くは60歳を超えている。ジーンズと10月だというのに思い思いの半袖のシャ ツ、半数ぐらいはキャップをかぶっている。ここの運営がどういうシステムになっているかよく分からないが、ボランティアのやっていることは半端じゃない。

広場では、切り倒して乾燥したままの大きな材木が山と積まれ、それを使ってマストにするんだろう、皮を剥いている。優に10メートルはありそうな木だか ら、移動にも回すにも特殊な工具が要る。皮を剥ぐのは変わった鑓鉋で、日本のとは違って長方形の鉄板の先端に刃が付いている。それを使って5人がかりで1 本の丸太の皮を剥く。歳を経た長老があれこれと面倒を見ているが、特に責任者という風でもない。こうして自然に伝統工法が伝わってゆくのだろう。こうして加工したマストの材料は建屋の片隅に収納されて、根元にタグが付いているが修理用だろうか。

その建物の片側は、舶用金具と捕鯨用品の製造所で 「SHIPSMITH & WHALECRAFT MNFR.」と看板に書いてある。実際に中では炉から出した真っ赤に焼けた金属を金床で叩いてフックを造っているのだ。どうしてどうして、たいした手練で、とうてい素人の仕事と思えない。それでもボランティアなのだろうか。真剣な仕事ぶりで、聞くような雰囲気ではなかった。

SHIPSMITH & WHALECRAFT MNFR.
SHIPSMITH & WHALECRAFT MNFR.
蒸気エンジンのサビ落としをするボランティア
蒸気エンジンのサビ落としをするボランティア
切り倒して乾燥したままの大きな材木の皮を剥ぐボランティア
切り倒して乾燥したままの大きな材木の皮を剥ぐボランティア
素人とは思えない真剣なボランティアの仕事ぶり
素人とは思えない真剣なボランティアの仕事ぶり

広場の片隅にかなり古い機械が置いてある。5メートルはあろうかと思われる2気筒の蒸気エンジンらしい。気筒とクランクの部分が恐ろしくさび付いていて、それに4人ほどのおじさんが取り付いてさび落しをしているのだ。何に使うか知れないが、赤錆の煙がもうもうと立ち込めるので、喘息もちのぼくは早々に 退散した。港の片隅に、SABINOという名前の石炭焚き蒸気エンジンの小さなフェリーが舫ってある。季節によっては有料でショートクルーズするんだそうだが、白塗りの手すりだけが目立つ2階建てで、中央に長い黒塗り煙突がそびえている。今は整備中だとのことで、ニコニコしたおじさんがなにやら説明してくれた。


この博物館屋外のワークショップ街とでもいうべき所はまったくのオープン施設で、誰でもどこへでも入れる。倉庫棟は鉄骨の2階建てで、板材やら鉄板やら チャンネルや丸棒まで区分されて収納されている。反対側にはたくさんのシングルやダブルのブロックがラニヤードを付けたまま無数にぶら下がっていたりす る。そうかと思うと片隅には頑丈な大きな木製の道具箱があって、ふたを開けたまま大きなハンドドリル、斧や米国式鑓鉋、ドリルの刃やノミまで一杯詰まって いるのが放ってある。誰も盗られるとは思っていないらしい。うらやましいなあと思いながら、工場のようながらんとした建物に入って驚いた。

ここは食堂なのだ。6人がけのテーブルに赤いチェックのテーブルかけを被せて、それが無数といっていいほど並んでいる。いっぺんに100人以上も食べられ るだろうか。どうやら工作場の跡らしく、ところどころに大きな工作機械が置いてある。裏手に回ると、20人ぐらいのおばさんたちが料理をしていた。大きな鍋でシチューを煮ているらしい。いい匂いのするのをしゃもじでかき回している。
「昼食用ですか?」
「そうよ、交代で食べるからね。1日料理しているの。」
「あなた方もボランティア?」
「もちろんそうよ。」
ちょっと味見をさせてもらいたかったが、そうも言い出せずに退散した。

 

敷地の中には何棟かの展示館があって、船の模型やら、フィギュアヘッドやら果ては珍しい握りの付いたステッキまで展示してある。それはそれでいかにも博物 館なのだが、ぼくはこの博物館の見ものはやはりなんといってもワークショップ区画だと思う。伝統は違うけれども、こんな施設が日本にもあったらどんなにいいだろう。

(福田正彦)

ザ・ロープ行事予定