ポーツマス Portsmouth


改札を出ると目の前に機帆フリゲート艦ウォーリアが現れる。全長128mの船体はとにかく長い。
改札を出ると目の前に機帆フリゲート艦ウォーリアが現れる。全長128mの船体はとにかく長い。

イギリス南端の軍港ポーツマスに1860年建造の装甲機帆フリゲート艦「ウォーリア(戦士HMS WARRIOR)」が記念艦として係留・公開されている。

ポーツマスへのアクセスはロンドンのウォータールー駅 Waterloo St. から30分毎に出ているブリットレイル鉄道(BR)で1時間30分、終点のポーツマスハーバー駅 Portsmouth Harbor St. を出ると目の前に係留されている。


始発のウォータールー駅の傍にはテームズ河に架かる有名なウォータールーブリッジがある。この橋名をとった戦前のアメリカ映画「哀愁(WATERLOO BRIDGE)」はメロドラマの最高傑作として大ヒットした。国内では戦後に菊田一夫がストーリーをそのままパクリ、橋を数寄屋橋に替えてラジオドラマ 「君の名は」を作った。ただ、ストーリーは同じでも環境設定は若干異なっていた。アメリカ映画は第一次大戦下のロンドン空襲、「君の名は」は第二次大戦下 の東京空襲。橋で2人が別れた後のヒロインの境遇はアメリカ映画ではいじめだが、「君の名は」では「愛染かつら」風の味付けをしていて、携帯のない時代特有のすれ違いにウエイトを置いていた。「君の名は」は松竹大船撮影所で映画化されロバート・テイラー役を佐田啓二(中井貴一のお父さん)が、ヴィヴィア ン・リー役を岸恵子が演じて、空前のヒット作になった。岸恵子の真知子巻きスタイルは一世を風靡した。ストーリーのパクリは今なら黒澤明の「用心棒」をマ カロニウエスタンがパクってクリント・イーストウッドの出世作になる「荒野の用心棒」の係争と同様、著作権侵害で揉めるところであるが、戦後まもなくの日本ドラマは問題にならなかった。


列車旅でこんな余談を思い出しながら、車窓から田園風景を眺めたが、イギリスの田園は何度見ても素晴らしい。90分の眺めが終わり終着駅でプラットフォームを改札に向かうとフェリー乗り場に突き当たる。ここは海峡を挟んだワイト島への発着場である。ワイト島にはビクトリア女王時代からの宮殿、城など文化遺産が多く寄りたいと思ったが時間がなくてパスした。この島は1851年に島一週53マイルの世界ヨットレースでヨット「アメリカ」が圧勝して、今日の世界最大のヨットレース「アメリカンカップ」命名の由来になったことから評判になったリゾート地であ る。


フェリー乗り場前を右に曲がり、改札を出ると目の前に機帆フリゲート艦ウォーリアが現れる。全長128mの船体はとにかく長い。長さはビクトリーの約2倍。トン数は3倍もある。道路に沿って右に曲がると第一級戦列艦「ビクトリー」のロイヤルマストと旗が見えてくる。来たぞ!の ワクワク感でビクトリー見学を先行し「ウォーリア」は後回しにした。

戦士(ウォーリア)の船首像
戦士(ウォーリア)の船首像

ビクトリーの近くには引き揚げた国王ヘンリーⅦ世のガレオン船「メリー・ローズ」・同船博物館やポーツマス海事博物館など見どころが一杯ある。ビクトリー の豪華さ・迫力に圧倒され、船内階段を上がったり下がったりし、別建物の海事博物館巡りをしていると、足がくたびれてくる。一方、「ウォーリア」は鉄板張 りの黒くて長い船体が目立ち、船首楼・船尾楼もなく平坦で、舷側のブルワークは高さは2mもあり、外観は至って地味である。操船指揮のブリッジ(艦橋)も 見あたらない。歩き疲れが出てくるとパスしたくなるが、せっかく来たのだからと乗船してみるとこの船には凄いところが沢山ある。

 

建造はビクトリーが建造さ れて約100年後の1860年で、技術面では幾つかの革新技術が行われていた。船体構造材と外板を鉄製にしたが被弾時の乗組員被害を抑えるため外板を鉄と 木材を併用してサンドイッチ構造に、動力は帆走と蒸気によるスクリュー推進の併用、砲弾は旧来の前装填から後装填との併用に加えて大型化などである。特 に、大砲の砲弾と火薬をセットにして、砲身の後ろからカセット式に装填する後装式は取り扱い、迅速性が優れており、近代軍艦の先駆けになった。

ビクトリーの近くには引き揚げた国王ヘンリーⅦ世のガレオン船「メリー・ローズ」・同船博物館やポーツマス海事博物館など見どころが一杯ある。ビクトリー の豪華さ・迫力に圧倒され、船内階段を上がったり下がったりし、別建物の海事博物館巡りをしていると、足がくたびれてくる。一方、「ウォーリア」は鉄板張 りの黒くて長い船体が目立ち、船首楼・船尾楼もなく平坦で、舷側のブルワークは高さは2mもあり、外観は至って地味である。操船指揮のブリッジ(艦橋)も 見あたらない。歩き疲れが出てくるとパスしたくなるが、せっかく来たのだからと乗船してみるとこの船には凄いところが沢山ある。建造はビクトリーが建造さ れて約100年後の1860年で、技術面では幾つかの革新技術が行われていた。船体構造材と外板を鉄製にしたが被弾時の乗組員被害を抑えるため外板を鉄と 木材を併用してサンドイッチ構造に、動力は帆走と蒸気によるスクリュー推進の併用、砲弾は旧来の前装填から後装填との併用に加えて大型化などである。特 に、大砲の砲弾と火薬をセットにして、砲身の後ろからカセット式に装填する後装式は取り扱い、迅速性が優れており、近代軍艦の先駆けになった。

建造と船体構造

真っ平らなウォーリアの上部甲板
真っ平らなウォーリアの上部甲板

建造の経緯はヨーロッパの大国フランスが強力な装甲艦ラ・グロワールと姉妹艦を設計中という機密情報を得たことが契機に なった。ミリタリーバランスが崩れるの恐れた海軍は対抗策として高速、重武装、重装甲のフリゲート艦「ウォーリア」の建造を計画した。建造には2年半の期 間をかけ、竣工したのはラ・グロワールの進水1年後であったが、出来上がると大きさ、装備はラ・グロワールの2倍になり、世界最強の戦艦になっていた。基 本の大砲は110ポンド後装式10門、68ポンド前装式26門および40ポンド後装式4門の大型砲40門搭載になったが、砲甲板を二層にすると重心が高く なるので、一層砲甲板にした結果、長い船になった。また、外板鉄板の防御策に鉄外板を二重にし間に木材を詰めたサンドイッチ構造にした。厚みは450mm。鉄板は被弾時、飛散する鉄片により乗組員の被害が大きいので木材をクッションにした。当時は実用的な潜水艦もなく魚雷防御は不要だったので、 サンドイッチ構造は喫水線の少し下までであった。

船首上部デッキの110ポンド後装式アームストロング砲砲甲板の68ポンド前装式キャノン砲(前後方に後装式を)
船首上部デッキの110ポンド後装式アームストロング砲砲甲板の68ポンド前装式キャノン砲(前後方に後装式を)

推進動力と操舵

推進動力は3本マストの帆走と蒸気エンジンによるスクリュウ推進の併用式で、帆走の時はスクリュウが抵抗になって速度が落ちるのを防ぐため、スク リュウを人力で引き揚げて船内に収納した。スクリュウ推進時の最大速力は14ノット、帆走と併用すると速度は3ノット増加した。反面、帆走時にスクリュウ を引き揚げないと速度は2ノット減速した。蒸気発生のボイラーは10基あり、燃料は石炭を850トン積み込み人力で石炭をボイラーに投炭していた。


エンジンは直径2.8mのシリンダーを2基設置してそれぞれのピストンによりスクリュウ軸に直結したクランク軸を回転させた。最大回転数は毎分55回転と 低速。スクリュウは直径7mの2枚翼である。スクリュウ引き揚げ機構から、翼の枚数は2枚になり、直径が大きいのは回転数が少ないことによる。帆走からス クリュウ推進または帆走併用にする際、スクリュウを下げて、回転軸と噛み合わせるには回転軸を決まった位置に固定する事が必要で、エンジン停止時に回転軸 を所定位置に合わせていた。

 

16人で操作した舵輪
16人で操作した舵輪

現在、この引き揚げ機構は水中にあって見ることが出来ない。デッキの上からスクリュウを覗くと水面が見えるだけで、メカニズムは船内に左図の説明板を掲示 してある。操舵は4つの舵輪を16人で動かした。舵輪は左右共に3回転で、回転数は右写真の手前回転軸に取り付けた指示計に表示される。写真は針が中央を 指してあり、舵はまっすぐを示しているが、ロープを介した舵なので時々修整していた。


手前左右の計器は羅針盤。それにしても、全長128mの船を操船するのは難しく、Uターンするには3kmの走行が必要で、10分程かかった。これでは火力 は優れているが、他の戦列艦と艦隊を組んだ行動は出来なかった。乗組員は700名。運用面では「ウォーリア」が実戦で戦うことはなかった。就役してから 10年後には第一線から退いたが、この船の戦力・威嚇力が抑止力となって海戦を防いだと云われている。退役後は廃船沙汰もあったが、イギリス海軍の歴史に 重要な軍艦として見直され、現エリザベス女王の夫であるエディンバラ公の尽力により復元されて、1987年からポーツマス港に記念艦として係留されてい る。見どころは兵装関係以外に、船内の士官室、船長キャビン、談話室、キッチンおよび鞭、食器などの備品類がある。


ポーツマス見学はロンドンからの日帰りで行ったが、一日では時間が足りない。今度行くときはワイト島に一泊してゆっくり見学し、帰りはポーツマスの街まで 行って帆船関係の図面・資料を物色しポーツマスハーバー駅の次のポーツマス駅から帰る日程にしたい。帰りの列車で左側の席に座り、外を眺めているとポーツ マスを過ぎた町外れから広大な墓地が一面に見えてくる。イギリス海軍の戦闘は地理的に、また歴史的にも常に南に向かうため、この軍港が出征地点になる。国 を守るために戦死した沢山の兵士の大半はポーツマスのこの墓地に葬られている。国を防衛するために命を落とした人々への感謝と尊敬の表れである。

(安藤雅浩)

 

ザ・ロープ行事予定