ヘルシンボリ(Helsingborg)

 

 福田 正彦


ソフィエロ宮殿は国王の夏の宮殿として建てられたそうだ。今は博物館とレストランになっている。
ソフィエロ宮殿は国王の夏の宮殿として建てられたそうだ。今は博物館とレストランになっている。

第4日(2013年8月6日)

 

コペンハーゲンからほぼ真北に行くとデンマークとスウェーデンに挟まれたカテガット海峡がいちばん狭くなっているところがありそれをエーレスンド海峡というようだ。その狭いところのスエーデン側にあるのがヘルシンボリで、前夜10時に出航したのに朝8時半には接岸した。ここも比較的大きな都市だから埠頭に係留できる。


早速ツアーバスに乗ってまず市内の聖マリア教会を見学する。14世紀から100年もかけて建設されたそうで、さすがに豪華なものだが、船キチどもは教会よりも内部に寄贈されている帆船に興味があり、佐藤さんなどは1隻撮り損ねたとわざわざ引き返して撮りにいったほどだ。むかし日本で奉納された絵馬や模型のように航海の安全と貿易の成功を祈ったのだろう。


 

それからバスは市の監視塔へ向かう。監視塔(Karnan Tower)といっても高さ34メートルもある市の防壁を成す重要な拠点で、立派なものだ。13世紀の小さな塔を建て替えたとかで、昔の跡が残っている。市内の海側から見るとこの塔のあるところは広大な階段の上で、みんなで一体なんだろうと不思議に思っていた場所だ。

 

この防壁の上から見ると市内が一望に見わたせ、おまけに狭い海峡の対岸にあるハムレットでお馴染みのクローンボー城がはるかに見える。キャプテン・ホーンブロアの小さな艦隊がスエーデン側に寄ってデンマーク側の砲撃を少しでもかわそうと追い風を受けて帆走したのは丁度この辺りの海だ。その昔はバルト海の島々は戦争で国籍が何度も変わったという。そう思ってみるとスカンディラインズのフェリーが両国間を行き交う今日の平和な状況がやっぱりいい。


11時15分にソフィエロ宮殿に着く。ここは国王の夏の宮殿として建てられたそうだが何しろ暑い。広大な敷地に農園があってこれは当時の国王オスカー2世ご夫妻の趣味らしい。その道の人には垂涎の農園だろうが、花より団子派のぼくにはいささか苦痛でもある。

 

宮殿そのものは現在レストランや、小さな博物館になっていて中を見ることができるが、このレストランはかなり高級なようで立派な設えをチラと覗いてふんふんと感心する。いい匂いもしていて、我ながらどうもガサツだ。そうかと思うと一部には広い芝生のサッカー場があって、国王自身が審判までなさったとか。欧米の有名人、特に政治家が訪れていたようだ。

 

午後1時過ぎにはバスツアーを終えて船に帰り、街中で買い物でもしようと女性陣が先頭になって街へ繰り出す。実をいうと教会に行く途中で閉まってい た台所用品店が目当てだ。北欧のキッチン用品は見るだけでも楽しい。ここでムーミンのタイマーをいくつか買った。なかなかいいデザインなんだが残念なこと にうちのはどうもうまく作動しない。このムーミンはほんとにおバカさんなんだからとかみさんは憤慨するが、まあ取替えにヘルシンボリまで行くわけにもゆか ぬ。

 

この日、本船は午後3時25分に埠頭を離れた。ヘルシンボリからクリスチャンソーまではかなりの距離があるのだ。初めて寄ったこの スエーデンの都市はわれわれを歓迎してくれて、入港時にはおそらくラップランド地方の人達だと思うのだが、可愛い演奏と踊りを披露してくれたし、船にぼく たちが帰ってきたときには街の娘さんたちがにっこり笑ってバラを1輪ずつ手渡してくれた。こういったおもてなしは心にしみる。

 

もう大分みんな仲良くなってピアノバーでは女性陣が集まって賑やかに話が弾んでいる。ピアノバーというのは食堂の上の上甲板にあるいくつかの円形長椅子の部分で、すぐ傍に中二階のようになって小型のグランドピアノが置いてある。この日は西谷さん夫妻、堀岡さん、佐藤さん夫妻、岩崎・高橋さん姉妹、それに村石さんまで加わって別の椅子を持ってくるような賑わいだった。

 

午後10時になるとカエルレースがあるのでトロピカルバーに出向く。次ページ左の写真の佐藤道子さんのように長い糸を操って手前の線まで引っ張るのだ。やって見るとこれがな かなか難しい。運動神経に欠陥があるぼくはたちまち予選落ち、佐藤さんやほかの人に迷惑をかける。競技は段々に難しくなり、運動靴を乗り越え、一人が成功したら小さなグラスのウオッカを誰かが飲み干し、おまけに目隠しまでして決勝戦が闘われた。優勝したのは関口さんと国分さんご夫妻(船長テーブルでご一緒した)の日本人グループで、関口さんがそういう能力をお持ちだと、改めて認識させられた。