ニューベドフォード/フェアヘブン New Bedford/ Fairhaven


手前がニューベドフォード(New Bedford Town)
手前がニューベドフォード(New Bedford Town)

 

 

昼食後、バスで南西方向に向かい、約1時間後にニューベッドフォードに到着した。ここでは捕鯨歴史公園の中にある世界的に有名な捕鯨博物館とジョン万次郎ゆかりのフェアヘブンを訪ねる。

 

ニューベッドフォードは1652年、メイフラワー号の移住者1人を含む36人のイギリス人が、先住民族から土地を買い求め住みつくようになり発展してきた 港町である。アメリカの中でも特に歴史の古い地域で、1812年には川を挟んでニューベッドフォードとフェアヘブンとに分かれた。アクシュネット川河口の東がフェアヘブン、西がニューベッドフォードである。

 


捕鯨博物館(Whaling Museum)
捕鯨博物館(Whaling Museum)

捕鯨博物館  Whaling Museum

この2つの町で捕鯨が始まったのは18世紀中ごろであるが19世紀に入り一大捕鯨基地として発展した。1830年から1860年にかけて最盛期を迎え、 ピーク時には合わせて200隻以上の捕鯨船を有していた。鳥島でジョン万次郎がホイットフィールド船長に救出されて、フェアヘブンに連れてこられたのは町 が捕鯨で最も栄えて豊かな時期であった。現在も捕鯨博物館を含む歴史地区には当時の建物が10棟前後残されており往時の息吹を伝えている。ランプ油と工場 の潤滑油をとるための鯨は主にマッコウクジラであった。特に上質油は前頭部にあった。

 

ピルグリム砦入口の2階楼と住居および住居内部(Fort Gate and House of the English Village)
捕鯨船のレプリカとして1915年に製作された捕鯨バーク船ラゴダ号は3階まで吹き抜けにして設置
捕鯨船のレプリカとして1915年に製作された捕鯨バーク船ラゴダ号は3階まで吹き抜けにして設置

訪れた捕鯨博物館は107年の歴史があり、2,500点の手書きの捕鯨日誌(ログブック)をはじめ写真などの資料は質量ともに世界一と言われてい る。入場料は$10/人。館内には当時捕鯨により財をなしたファミリーがその後、寄贈したギャラリーがいくつかの部屋に展示されている。なかでもあるファミリーの保有した捕鯨船のレプリカとして1915年に製作された捕鯨バーク船ラゴダ号(縮尺1/2、世界最大の模型、長さ27m)は3階まで吹き抜けにして設置されており、乗船して詳しく見学することができる。オリジナルの船は1826年にシップとして建造されたが船員を減らすためにバークに改造され、当 時最も利益をあげた捕鯨船といわれ、60年間就航ののち最後は石炭運搬船として横浜で解体・焼却された。

 

この外に6人乗りのホエールボートやフォクスル部分の縮尺1/1模型も再現・展示されている。また若いザトウクジラの完全な骨格を含む4体のクジラの骨格 が入り口などに置かれている。器用な乗組員の手慰みから始まったといわれるスクリムショウ(鯨骨細工)もきめの細かい見事な工芸品として多数残されてい る。イギリスやオランダの海洋絵画や、当時のニューベッドフォードの豪華な家具などの工芸品も多数展示されている。博物館の近くの通りには船型の避雷針を 屋根に取り付けた捕鯨マンのための礼拝堂などもあり、往時の町と捕鯨の雰囲気を身近に感じることができた。

ホエールボート(Whaleboat) 鯨骨細工(Scrimshaw) 礼拝堂(Seamen's Bethel)
ホエールボート(Whaleboat) 鯨骨細工(Scrimshaw) 礼拝堂(Seamen's Bethel)

ホイットフィールド=万次郎友好記念館 Whitfield-Manjiro Friendship House

捕鯨博物館からバスで対岸のフェアヘブンに移動した。フェアヘブンはニューイングランドらしい小さな町である。1841年ジョン万次郎こと中濱万次郎を含 む5人の土佐漁民が143日間、無人の鳥島生活の後、飲み水を求めて島に寄った捕鯨船ジョン・ハウランド号のウイリアム・ホイットフィールド船長に救出された。

ホイットフィールド船長と万次郎
ホイットフィールド船長と万次郎

1843年、船長は16才の万次郎を見込んでフェアヘブンに連れ帰った。残り4人はハワイから帰国した。万次郎は姓がなく船名のジョンを姓にして、皆からは「ジョンマン」と呼ばれた。船長は万次郎を自宅3階に住まわせ、学校教育を支援した。万次郎は故郷中浜(現清水市) を懐かしみながら3年間生活し、勉学に励み航海学、捕鯨術も習得した。なお、ハーマン・メルビルの名作「白鯨」もこの町から始まる。

友好記念館(Friendship Society)
友好記念館(Friendship Society)

目的のホイットフィールド船長宅は探すのに少し手間取ったが案内看板を見つけてたどり着いた。現在は「ホイットフィールド=万次郎友好記念館」として保存されている。入館料は5$/人。2009年に老朽化した船長宅が売却されることになったが、聖路加国際病院の日野原先生が発起人となって寄付金を募り、家を購入・修復したもので、こじんまりとした小さな家である。
出迎えて頂いたジェラルド・P・ルーニーさんは同館の理事長として記念館を管理している。ルーニーさんの説明は日本語で、質疑と冗談も日本語。部屋には当時使われたキッチン、暖炉、糸紡ぎ車、デスク、チェスト、ベッド等が置いてあり、万次郎が暮らした3階の屋根裏部屋の窓からは港をわずかに見ることができ、万次郎の気持ちの一端を想像することができた。但し、全館きれいな白色壁に改装されていたので、古さはもう一つ感じられなかったのが残念である。見学には予約が必要。今回は歩く時間がなかったが、町には万次郎ゆかりの場所をまわる万次郎トレイルがあり、当時のフェアヘブンの姿が見られるようだ。なお、ホイットフィールド、中浜両家の交流は5代にわたり続いている。帰りは専用バスで隣のロード・アイランド州を通過し、午後5時過ぎにコネチカット州ミスティックのホテルに着いた。

(松原 滿)

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