ストックホルム Stockholm その3

 

 


シティーホールと王宮―ついでに模型屋さんにお邪魔

毎日々々船ばかりではいくらなんでも奥さん方が退屈するだろう、どうせダンナどもは船に夢中で船以外に関心があるとは思えない。今後のこともあろうからと までは思わなかったにしても、ここは1日奥さん方のサービスに市庁舎と王宮を入れようと添乗員の福田さんは考えたに違いない。まあ普通のツアーならノーベ ル賞の授賞式会場を見学コースに入れないほうがおかしい。というわけで、今日は船を離れて一般客並みの見学をすることになった。

今朝はパ ンの代わりにパンケーキとベーコンを取り合わせたが、さすがにこのホテルの朝食はいい。上野さんと坪井さんを誘って鉄道の中央駅から近所を散歩。駅構内の 手すりには奇妙な像が支柱に使われていて、どうやら北欧神話の神々の象徴ではないかと思わせる。近くの川は古賀さんにいわせると海と直結しているから汐の 満ち引きで時に激しい流れになるという。9時33分、バスは市庁舎へ向けて出発した。

もちろんここはかの有名なノーベル賞授賞式の行われる会場だ。普段はがらんとした石造りの大きな空間で周囲を石柱で支えられたレンガ模様のアーチ型の回廊 が巡っているなかなか荘重な建造物ではある。長方形の広間の端には上階へ向けて白い石造りのゆるい階段があって、それを上るとダンス会場となる黄金の広間 に出る。下と同様ここも大きな部屋で全体が黄金色に輝いている。ぼくはおよそダンスとは縁がないから、万が一にもノーベル賞をもらっていざダンス、となっ たらさぞ困るだろうなとまあ授賞式に出席する確率はゼロに近いのだからどうでもいいようなものだが、ここにいるとそんなバカなことも頭に浮かぶ。田中耕一 さんもおよそダンス派とは思えないから、きっと猛練習したんだろうなと変なところで同情したり・・・。

ここはもちろん市庁舎だから市議会もある。その会議場もオープンで古賀さんに案内されたが、思ったよりも簡素な赤い椅子が並び、中央の高い背もたれのある議長席を丸く囲んでいる。
「ここは天井に特徴があって、船の構造のような枠組みになっているんです」。
いわれて天井を見上げるとなるほど色彩と模様に彩られた複雑な枠組みが見える。船の構造かどうか分からないが、およそ市庁舎の天井という雰囲気でないのが面白い。

 


今日は船ではない日なのに、そんなことはどこ吹く風という人が多いのだ。この町のどことかに確か模型の店があるはず、たぶん安藤さんだったと思うが、何とか通りの何番地だか知らないがこと細かく調べた人がいて、バスはその通りに向かった。表通りから覗くと狭い道の左側にその店があった。白地にESKADERと赤い字で書いてある。ガラスの前面を金属の網目で覆った小さな店だ。もらったカタログにはESKADER FARTYGS MODELLERと書いてある。大型バスはその小道には入れなくて外の通りで待つことになった。
「これからの予定もあるので、ここは30分で済ませてください。11時5分には出発しますから」。
古賀さんは断固としていう。この人は毅然としたガイドさんで、予定になかったお店に回るのだから簡単に済ませてもらおうと考えたに違いない。気の毒なことに、船に凝り固まった頑固なおじさんたちの実力を知らない。

この店は一杯に模型やら何やらが置いてあって、5人も人が入れば満杯という小さなところだ。そこへ目の色を変えたのが10人以上も押し合いへし合い して入ったのだからたまらない。図面はどうでもいいぼくなんかはたちまちはじき出されて店の外へ。と、そこに乗用車で乗りつけたご夫婦がいた。白髪で立派 なあごひげを蓄えた人と、赤いチェックのワンピース姿の奥さんだ。実はぼくたちのバスよりも一足早くその車が小道に入ったのを見かけている。が、何せ北欧 人だ。悠々と扉を開け、トランクを開けているうちにわれら東洋人が押し寄せて店を満杯にしたので、呆然としていた次第。
「すいませんね、われわれは日本から来たモデラーで、時間がないもので・・・」
と一応は挨拶しなければ悪いと思って声をかけた。
「いやいや、私もモデラーでね・・・」
と いう返事に両方でにっこりする。店を占領されたことにはあまり腹が立たないらしく、とにかく私の作品を見てほしいと、こればっかりは世界共通のモデラー気 質でトランクからごそごそと箱を取り出してスクーナータイプの製作途中の船を見せる。私はあまり英語が得意ではないんで、かみさんがよく話すのだが、とい いながらなにやら説明をする。
そのうち、彼の奥さんやら栗田さんまで加わってにぎやかなことになった。そうなるとぼくの出番ではない。早々にバス に引揚げて高みの見物を決め込んだが、いらいらする古賀さんを尻目に時5分になっても誰も帰11ってこない。添乗員の福田さんはもう経験済みだから、何を いっても無駄なことを分かっている。なんといってもおじさんたち、今回は船のためのツアーなんだという錦の御旗を持っているのだ。
ぼくもそのおじ さんたちの一員であることは間違いないのだが、こうやって待つ側に回ってみると古賀さんの苦労も分らなくはない。優秀なガイドさんだけにきちんとスケ ジュールを守ろうとするだろう。昼食の時間もある。いろいろ連絡を取っているのは食事が遅れるといっているのかもしれない。あんまり無理をいってもいかん かなあと思っているうちに、こっちまでいったいみんな何をやっているんだという気になる。やがて塩澤さんが材料の購入ルートまで店と話をしたり、それやこ れやでやっとバスが出発したのは11時25分だったのだからすさまじい。

 

バスで10分も走るとそこが王宮で、608室もあるという。スエーデン国王はここに住んでいらっしゃるわけではなく自動車で通勤とか。王宮の守備に立つ衛 兵は着剣した自動小銃を斜めに持ち、その前に黒い警戒線が描かれている。自動小銃には30発の実弾が装てんされているそうで、警戒線に入ると撃たれますよ と古賀さんがいうのに、うっかりその線に踏み込む仲間がいて衛兵に制されるから危なくてしょうがない。因みにスエーデンでは18才から46才まで9ヶ月の 兵役義務があるそうで、女性は志願制らしいが1%ほどが兵役に服するという。日本にいるとあまり感じないが、外国では軍隊が日常に入り込んでいるなあと改 めて思う。

 

レストラン・ゾルナダールで昼食を摂った のはちょうど午後1時だった。VALDSHUS SOLNADALS という看板が掛かっているが、この店はスエーデンの伝統料理肉団子、いやミートボールを出すので有名だそうな。母娘でやっている小さな店で、娘といっても おそらく50代、お母さんは80歳に手が届こうというほどの人だ。日本人客も多いらしく後で日本語のレシピをもらった。生クリームを使うのが特徴らしい が、コケモモのジャムを添えて出されたのが珍しく、思いのほか美味しかった。この食事ではワインでなくりんごジュースを取ったが北ヨーロッパではこれもい い。
帰り際、どうぞ日本でも作ってくださいといわれて、やってみますからねと、かみさんがやるんだとはいわずにそう挨拶したら「グッド・ラッ ク!」と返ってきた。見抜かれていたかもしれない。もし、レシピが欲しければぼくにそういって欲しい。ただ、コケモモのジャムはいまだに手に入らない。

 

公式行事は今日で最後だからと、緑の深いこの店の前でもう一度みんなの写真を撮った。ただし、この写真に上野さんが入っていない。ぐずぐずと最後までトイレで粘っていたのを誰も気がつかなかったのだ。気がついたときはみんなばらばらで、時間も迫っていたからもう一度撮ろうよと誰もいわなかったのがお気の毒だった。

このあたりは旧市街でいろいろな店が並んでいる。アンティクな品物や船具などがごたごたと並んでいる店の隣に、気を惹かれるものがあっ た。鉄を叩いて作ったチーズカッター、というより気の利いたナイフだが、それが欲しい。個性的な刃物は魅力的だ。ぼくは鎧通しのような肉厚で剛毅な刃物が 好きだが、このナイフも悪くない。でもなぁ旅行中だしなと躊躇していたら、塩澤さんがそばに来て、それはいいよ、ぜひ買いなさいよとそそのかす。ほかの人 ではない、塩澤さんがいうのだから間違いなかろう。丁寧に包んで厚紙で保護してくれたナイフは300クローネ、4500円ほどだからちょっと高かったがゲ イジツ品だと思って我慢する。

 

塩澤さんがわざわざもって来てくれたパンフレットはスエーデン語だからよく分からないが、わずかな英語の部分を見る とCASTORという名前だか商標だかの店でアート・アンド・ハンドクラフトとある。工房を持っていて手作りのさまざまな工芸品を作っている様子が写真に 見て取れる。こりゃやっぱり工芸品だと、帰国してから裏革でさやを作り、ローズウッドの板にアムスの海事博物館で買ったフィギュアヘッドのフックを取り付 けて食堂に吊るしたらそれなりに様になった。今では我が家の装飾兼実用品として活躍している。

 


午後2時、少し郊外にある宮殿を見学。
もとは離宮だったようだが王様が街中よりも環境のいいここを住居にされたらしい。ご自身は通勤ということになるが、この宮殿の規模はたいしたもので、一部を公開し、王様の住居と壁ひとつというところすらある。
「この扉の向こうはもう王様の住居です。叩けばやあこんにちは、と出ていらっしゃるか
も しれませんよ。」と古賀さんは笑う。それほどアットホームな雰囲気なんだろう。見学の人も多く、ここでちょっとした諍いがあった。見学者の団体が何組もあ るし、それぞれネイティブのガイドさんが付くらしい。説明が長いと人が停滞するし、場合によっては順番を変えて行ったり来たりすることになる。どうにもな らなくて2組の説明が同じ場所で重なったときに、相手方のおじさんのガイドから文句が出た。それに対して古賀さんがスエーデン語で堂々とやり取りしている。

後で聞いたら、ゆっくり説明しようとしているのに、うるさくてできないじゃないかと文句を言われた、それに対して、こういう人の多いときはやむを得ないじゃ ないか、こういう時こそお互いに譲りあって協力すべきでしょう、といったというのだ。ガイド商売も厳しい。それでも大の男を相手に一歩も譲らずに主張する のは見ていて気持ちがいい。海外で働く女性もこれぐらいの気概がないとやってゆけないんだろうなあと思わぬところで厳しさを垣間見た思いがした。


この宮殿は広大なフランス式庭園を持っている。窓からその緑を満喫してバスで出たときはもう午後3時20分、この街の岩山というべき展望台に登る。残念なが らここでぼくはカメラの電池を切らした。このあと、ちょうどヴァーサ博物館の対岸になる岸辺にある小さな造船所で建造中の船(写真右)を見た。ぼくは電池 切れのカメラ同様気持ちも切れたようで、訪問したことは覚えてはいるが、記録も写真も残っていない。そこで関口さんに救援を求めた。その情報によ ると「ストックホルム・ナウ」という日本向けのレポーターをやっていらっしゃる机宏典さんという方がいらして、「近代美術館の裏手に復元船がもうほとんど 出来上がっている」ことを教わったという。その船を見に行ったのだ。関口さんもシカと名前を覚えていないが、買ったTシャツには「ストックホルムのブリー グ」と書いてあるということだ。

 

最後のバンサン―公式お別れパーティー

出発前の説明会で、添乗員の福田さんは滞在最後の日には改まった晩餐会を開くと言明していた。した がって背広とネクタイを用意するように、と確かそういったはずだ。当然ぼくもジャケットとネクタイを用意した。ところが、うるさいおじさん相手で福田さん はくたびれたらしい。あるいは今更ネクタイを締めてもらってもどうということはないと観念したのかもしれない。それほどまでしなくてもいいですよというこ とになって、今日の晩餐会できちんとネクタイを締めたのは関口さんただ1人と相成った。


会場は旧市街にあって昼間買い物をした店のすぐそば。 FEM SMA HUSと書いてフェイム・スモー・フューズというらしいが「五つの小さな家」という意味だそうな。かなり急な坂道に面していて、文字どおり坂に沿って5軒 の家が段々と下がるような構造だ。阪上の小さな入り口からわれわれはその最奥、つまりどんどん階段を下りて最後の突き当りの部屋に通された。レンガ壁で アーチ型の天井だから、えらい地下室に入ったような気になる。実際は坂の一番下の部屋なんだろう。

晩餐会のメニューは、ビートとルッコラ、チーズ のサラダローストサーモン、ローズマリー入りホワイトソース、ポテトとさやえんどう添えトナカイ肉のステーキ、ベリーソース、マッシュポテトと焼きチーズ 添えライ麦のパン各種アイスクリーム、コーヒーライトビールとなかなかのものだった。トナカイのステーキがやはり北欧だ。

 

やがて、添乗員の福田さんの司会 で先ず安藤さんが事務局長として挨拶。特別会員の塩澤さんからプレゼントを頂いて、それぞれが発言することになった。レイディース・ファーストで、まず夫人方にご主人に代わってしゃべってもらおうという趣向だ。

 

安藤裕子さんはすっかり風邪も治って元気になったが、体調もあって船旅はちょっと閉口した様子。 塩谷朝子さんは大変元気で思い出を回想。こういう旅は初めてではないので「閉じ込め」を除けば、大変楽しかったと。栗田敦子さんは、声は大きくないのだが活舌がしっかりしているからよく声が通る。後で知ったのだがその道の専門家だそうで、道理で。おかしかったのは、夫君がコメントを一生懸命に考えていたの をご存知で、ダンナ抜きではかわいそうとそれとなくアピールして、栗田さんも話すことになった。たいした内助の功。結局発言のなかったのは塩谷さんだけ で、これはお気の毒だった。

 


なんといってもこれだけのメンバーが揃っているのだ。それぞれ個性的な発言で、旅の思い出が語られたのだが、中でもぼくの印象 に残ったのは三田村さん。すぐ前に発言した伊藤さんがいろいろと思い出話をしたかったのだろう、ちょっと時間が長くなった。それを受けて三田村さんは、連 れの話が長くなったので私は簡単に話しますよと実に手際よく話をまとめた。こういうバランス感覚のある大人のメンバーがいるので今回の旅は大変和やかだっ たのだと思う。

 

忘れてならないのは添乗員の福田さんの功績だ。現地のガイドさんを含めて旅というのはうまくいって当たり前と評価される。何事もな く、というのはいかに裏方が苦労してトラブルを防いだかという証左でもある。まして、今回のように特殊な旅の場合はなおさらだろう。福田さんによると学者 のような専門のツアーを、確かコノシュア・ツアーというと聞いた。今度の旅はそれに近いですねと彼はいう。情報源も限られるし入手にも苦労するだろう。前 回のアメリカ・ツアーであまり評判がよくなかったので、今回は人に任せられないと彼が自分で乗り出したと聞いた。われわれの分からないところで走り回って 苦労しただろう。だから、ぼくはささやかな感謝をコメントに含めた。

ライトアップされた帆船エーテボリ
ライトアップされた帆船エーテボリ

午後9時10分、にぎやかだった晩餐会を終えてさわやかな外に出る。坂を下るとそこが海岸で、帆船エーテボリが係留されている。昼間、王宮を見学した帰りにちょっと見ているが、今は夜間照明に照らされて幻想的な雰囲気だ。30分ほど迎えのバスを待つ間ゆっくりと見たが、関口さんと梅田さんはすでに昼間に中まで見ているとか。いや情報を持つと持たないとではこんな差がつく。明日は国王がこの船にいらっしゃるとか聞いた。スエーデン滞在最後の夜。そしてセイルアムス2005の記念の旅の最後の夜はこうして終わった。明日の午後はロンド ン経由で成田に向かう。

 

(福田正彦)