クリスチャンソー(Christiansø)/ボーンホルム島グルイエム(Gudhjem/Bornholm)

 

 福田 正彦


第5日(2013年8月7日)

 

 

今回の航海範囲の東端にボーンホルム島という島がある。スウェーデンの南にあるかなり大きな島だがデンマーク領になっている。この島のほんの少し右上、つまり北東にいくつかの小さな島の塊がある。普通の縮尺で地図を見ても発見できないぐらい小さな群島だ。この中の一番大きい島をクリスチャンソーという。旅の前にグーグルの地図でいろいろ見たのだが目当てを付けることが出来なくてここがどこにあるのか分からなかったぐらいだ。


この島に近づくと古いタイプの帆船が見える。三檣シップ型でミズンマストにはラテンセイルを備えている。みんな寄り集まってあれは"ヨーテボリ"だぜという。朝日に照らされてぐるりを回る形で船尾が見えるようになると "GÖTHEBORG"と書いてあるのがわかる。これをヨーテボリと読むのは関口さんでなければできない。当然この船もパレードに参加するのだと思っていたが、参加船の名簿にこの名はなかった。

テンダーがこの船着き場に入ってくるところ。
テンダーがこの船着き場に入ってくるところ。


丁度10時に本船は島の南端に錨を降ろし、われわれはテンダーで上陸する。上の写真はテンダーがこの船着き場に入ってくるところでとてもきれいな入り江だ。クリスチャンソーと向かいの島は細い鉄の橋で結ばれ、テンダーはその手前の本島側に着く。まずは対岸の小さな島へ渡って一緒になった栗田さん夫妻と歩く。

 

本島の方にはグレートタワーと名付けられた砲台があるが、この島にもスモールタワーという小さな砲台がある。そこを目指して歩くと島の住民だろう、タイヤを吊るしたブランコで少女を遊ばせている。この写真の右に見えるのがスモールタワーだ。何せこの島にはボートはあっても車はない。そのはずで車の走れる道路はないのだ。おまけに舗装はすべて石畳で、運動靴で歩くと石が当って足にこたえる。それでも上右の写真のような楽しい風景もあるから、歩いて損はない。

 

スモールタワーは現在博物館になっているが、まだ開く時間ではないので、近くの家に入ると栗田さんがこれは牢獄ですぜ、という。なるほどそのようだが、わりに明るくて地下牢のような陰惨さはない。ぐるっと回ると小さな魚屋さんがあった。魚屋さんかと何気なしに見過ごしたが、これを見過ごさなかったのが中嶋公子さんでニシンの酢漬けを手に入れた。

 

島を結ぶ橋を渡って本島に入ると下左の写真のように左手にグレートタワーが見え、右手にはむかし要塞を守った兵士たちの兵舎がある。ほんのちょっとしか開いていない郵便局を通って山側から要塞に向かうと、結構の登り道だ。若い栗田さん夫妻にはなかなか追い付けないが、それでも要塞の上に出ると佐藤さん夫妻が見えた。むかしの大砲もそうだが、この要塞の地形と兵舎の距離からするとここでの勤務はかなりの労働だったことが分かる。まあ80代の年寄りがいうのもなんだが、弾火薬の運搬から砲を操作しおまけに敵弾を浴びるなんてことになったらいくら屈強の北欧の男子でも大変だっただろうなと、しみじみ観光で見るだけの幸せを思う。


防壁の彼方に停泊している本船の優美な姿を見てからグレートタワーに向かう。ここは灯台も兼ねているらしく、かなりの大きさだが、天辺に上がるには狭い梯子をいくつか登らなければならない。結構観光客もいて、ヘイごめんなさいよと上に出ると素晴らしい景色が広がった。手前に兵舎の屋根が連なり、きれいな入り江の向こうは広大な海で、はるか水平線にかすかに見えるのがボーンホルム島だろう。距離はそれほど近い。


この島を巡っていると天気は良いし、坂を上下するものだから体がほてってのども乾く。なんか飲物でもと思ったがここはデンマーク領でユーロシステムに加入していないからデンマーククローネでないと通用しない。エーア島のようにユーロでいいよとは言ってくれないのだ。両替も出来ないし、泣く泣く我慢することにしたが小さな庭で観光客が食べていたアイスクリームをどうでも食べたかった。

 

 午後3時に本船は帆を揚げてボーンホルム島のグルイエムに向かう。離れてゆく本船から見るとスモールタワーのある小島がちんまりと可愛い。観光地とはいえ望んでもなかなか来られないこんな離れ島に、東洋からはるばる来られたのはこの旅あってこそだ。 


ここからグルイエムまではごく近いけれどもやはり2時間はかかる。その途中でロープワークがあった。いいおじさん、おばさんがクルーのやり様を見て一生懸命に真似をするがなかなか上手くいかない。それでもわが身が海に落ちた時には、と片手で舫い結びをする方法を西谷さんに教わる。エイトノットやクラブヒッチは模型をたしなむものにはどうということはない。栗田さんが一人ポツンと離れて真面目な顔で練習しているが、居残り学習みたいでちょっと可笑しい。こういう一面もあるんだ。


やがて本船はボーンホルム島に接近して錨を降ろした。テンダーでグルイエムの街に上陸するが、ここはそれほど名所旧跡があるわけではなさそうだ。島の常で波止場から坂で街中に入るがみんなどこへ行ったらいいかよく解らない。止む無くぞろぞろと坂を上がるが町並みはデンマークの島独特の家が並んでエロスコービンと似ている。


この島は比較的大きいのであちこちに村があるが、ここがどうやら中心地らしくミッドランダー・センターと読むんだろう。いろいろ解説のあるパンフレットを貰っても全部デンマーク語だから、分かるのはトイレの位置だけという有様。その内に見つかった教会を回り込み(どうということもない教会だと栗田さんが言った)停泊している本船を眺めてから、下にあるスーパーマーケットに寄って少し買い物。ちょっと変わったペーパーナプキンぐらいしか買いたいものはない。

古くからの街並みで冬はかなり厳しいのだろう屋根を見るとあちこち痛んでいるけれどもそれなりの風情があって通りすがりの勝手な旅行者には面白いが、実際には大変なんだろうなと思う。なかなかこれはという場所を見つけられないのは時間のない通りすがりだからやむを得ないが、柱の見える小さな家といい、急傾斜の屋根といい長年の経験がそうさせているに違いない。じっくり家の中を見せてもらったらもっとその生き方が分かるだろうにちょっと残念。もっともこの面白い街に旧型のシトローエンがいて、おしゃれな堀岡ダンナがよく似合う。あんたの持ち物なの、と誰かがからかっていたがほんとにそうにも見えておかしい。
 


買い物好きの高橋さんを私が待っているからと姉の岩崎さんを残して本船に戻ると、西谷ひさこさんから今日は中嶋誠さんの誕生日だからみんなでお祝いをしようという。


どこで手に入れたかカードを回して署名してほしいと飛び回っている。世話好きで明るいこの人にかかると誰もイヤとはいえない。もっともこのころになるともうみんな昔からの友達のようで、誕生祝いも大いに盛り上がった。船からもお祝いの四角いケーキがハッピ・バースデーの歌声と共に食卓に上がり、おん年いくつかは分からないが1本のろうそくを吹き消した中嶋さんはみんなから贈られた署名カードを手にとても幸せそうに見えた。

 

食後は例によってみんなピアノバーに集合して賑やかに、特に女性軍の話しが始まる。男どもと違って、女性の話しは猫のヒゲが曲がったというどうでもいいようなことでも話題になるらしく、話の尽きることがない。男だって船の話になったらどうでもいいようなことをああじゃこうじゃというではないかとカミさんは反論するのだが、見方を変えればそうかもしれない。下の写真はスペースの関係でかなり縦長に変形させているのもあるが、ピアノバーの集会はいつもこんな調子で続く。

 

そのうちに中嶋公子さんがクリスチャンソーの魚屋さんで手に入れたニシンの酢漬けを持ち出してきた。円形のプラ製の樽でぎっしりニシンが詰まっている。ここで開けても食べきれないからもったいないわよという声もあったが、いいのいいのと中嶋さんはみんなにニシンを振舞う。

 

ぼくは昭和23(1948)年、学生時代に実習で行った利尻島で最盛期のニシン漁を目の当たりにしている。ちょうど日本で獲れるニシン漁の最後のころで、海岸のすぐ目の前の海に押し寄せた大量のメスのニシンが数の子を出す上にオスが白子を撒いて行くにつれてクリームを流したように海水が白く変わるのは壮観だ。そして獲れたてのニシンを石炭ストーブの上で焼いたらこれほどうまいものはない。バルト海でもニシンが捕れるのだろう十分に脂ののったニシンはちょっと甘めのかなり強い酢で漬けてある。ご飯があったらいくらでも食べられるわよね、という評判だった。沢山残ったニシンを中嶋さんは持ち帰れたのだろうか、ちょっと心配だ。