サンフランシスコ San Francisco


ユナイテッド航空のサンフランシスコ空港にあるラウンジ。フロアはコンパスに仕上げ、クリッパーの模型が2隻ケースに入れて写真とともに飾られてい る。
ユナイテッド航空のサンフランシスコ空港にあるラウンジ。フロアはコンパスに仕上げ、クリッパーの模型が2隻ケースに入れて写真とともに飾られてい る。

世界の主要航空会社は、顧客の囲い込みや利便性、格安航空会社に対抗するために座席のアップグレードやラウンジのサービス向上を競い合い、近年では1社単 独ではなくグループ化をはかりスケールメリットも追求している。例えば日本航空はワンワールド、全日空はスターアライアンスのメンバーとなっている。

今回のアメリカ出張では、スターアライアンスのメンバーであるユナイテッド航空のサンフランシスコ空港にあるラウンジで乗り継ぎ時間を過ごした。ロビーに 帆船模型が展示されていた。なかなか雰囲気が良いラウンジで、フロアはコンパスに仕上げ、クリッパーの模型が2隻ケースに入れて写真と共に飾られている。

 

興味を引いたのは、建設中の金門橋とクリッパーの写真。銘版に は、Star of New Zealand & Golden Gate Bridge 1935の記載があった。帰国後この船をインターネットで探しまわったが、残念ながらこの船や模型にはヒットしなかった。クリッパーの模型にもは、船名、 縮尺、作者などの記載は無かったが、埃を掃除した跡や、リギングをやり直した形跡がある。写真に映っているStar of New Zealandがこの模型のどちらかではないかと、クリッパーの歴史とともに色々想像してみた。

なかなか雰囲気が良いラウンジで、フロアはコンパスに仕上げ、クリッパーの模型が2隻ケースに入れて写真と共に飾られている。
なかなか雰囲気が良いラウンジで、フロアはコンパスに仕上げ、クリッパーの模型が2隻ケースに入れて写真と共に飾られている。

金門 橋の建設の様子が分かる写真も複数飾られており、ラウンジの設計の際に、サンフランシスコに因んだ歴史的な記録を展示するため模型や写真が集められたようだ。
金門 橋の建設の様子が分かる写真も複数飾られており、ラウンジの設計の際に、サンフランシスコに因んだ歴史的な記録を展示するため模型や写真が集められたようだ。
建設中の金門橋とクリッパーの写真。銘版に は、Star of New Zealand & Golden Gate Bridge 1935の記載があった
建設中の金門橋とクリッパーの写真。銘版に は、Star of New Zealand & Golden Gate Bridge 1935の記載があった

 

ラウンジには、漁船の模型も展示されており、この一つには、1960年にスクラッチビルトの模型であるとの記載はあった。また、ラウンジの部屋に は、金門 橋の建設の様子が分かる写真も複数飾られており、ラウンジの設計の際に、サンフランシスコに因んだ歴史的な記録を展示するために、模型や写真が集められた ようだ。

漁船の模型の展示
漁船の模型の展示

サンフランシスコとクリッパーとくれば、真っ先に19世紀中頃までのゴールドラッシュとともに、中国との貿易でクリッパーが興盛を極めたことを思い出す。 模型ではフライングクラウドが有名で、模型展示会でも良く目にする。フライングクラウドは、1854年にニューヨークからサンフランシスコまで89日と8時間の記録を打ち立てている。あまり知られていないことと思うが、この時の航海のキャプテンは連れ合いが航海士をつとめ、夫婦で記録を作っている。私が現在作成している捕鯨帆船も、その航海が長いことから、キャプテンのみ夫婦帯同が許されており、妻用のデッキハウスが設置されている。

 

最近読んだ本によると、最初のチャイナクリッパーとしてアメリカ西海岸からサンフランシスコに向かった帆船Memnon’sの航海は123日かかったとの記録がある。また、1850年にニューヨークからサンフランシスコに向かったSea Witchは、97日の航海を要したが、当時の金額で87千ドルの貨物を運び、これがサンフランシスコではゴールドラッシュのインフレで275千ドルの価値を生んだとある。ショベル1本1ドルがカルフォルニアでは10倍で売れ、当時のサンフランシスコの港は、帆船のマストの森で一日に20から30隻もの帆船が人と貨物を運んで入港した日もあったようだ。中小型船から、より大きく、速く、堅牢な帆船がニューヨークや東海岸で相次いで建造され、この競争がフライングクラウド誕生の背景にある。

またクリッパーで思い出すのは、かつてアメリカを代表するパンアメリカン航空パンナム。私の人生で最初に搭乗したジェット旅客機がパンナムのボーイング 707で、羽田からホノルル経由でサンフランシスコまで飛んだ。パンナムの旅客機の名前は常にクリッパーが頭につけられていた。航空通信のパンナムのコールサインもクリッパーであった。クリッパーは快速帆船とも訳されているが、名前の由来をランダムハウスの大辞典で調べてみると、時間を短くする、早めに切り上げるとある。移動をより速くするというニックネームとしてはまことにふさわしい単語だと思う。

チャイナクリッパーの主役は総トン数で1000トンから2000トンくラスの大型帆船で、船長はドライバーと呼ばれていたそうだが、最速でニュー ヨークと 中国の香港や広東などの往復航海を100日以内でこなし、スピードも18ノット、時速37キロを維持できていた。アメリカのチャイナクリッパーのカリフォ ルニアブームも1850年頃に絶頂を迎え、次第に西海岸に立ち寄らずにニューヨークから中国に直行している。蒸気船も登場した。ラウンジにあった船の模型 もそういえば煙突が立っていた。 
帆船に関する知識や歴史を勉強すればするほど、新たな発見とともに奥行きの深さを感じているが、飛行機乗り継ぎのために訪問したラウンジでの一時で、断片的に学んだことや体験がまた自分なりにつながって帆船の世界が広がった。まことに楽しい。

 

 

 

参考図書 


アメリカの帆船チャイナクリッパーの歴史については、和訳は出版されていないが、以下の書籍が詳しい。
Dolin, Eric Jay. When America first met China: an exotic history of tea, drugs, and money in the Age of Sail, Liveright Publishing Corporation, 2012

パンナムのクリッパー,並びにパンナムの航空機の歴史については、以下が楽しい。
Baldwin, James Patrik Pan American World Airways Images of Great Airline, Bluewater Press LLC. 2010
Trautoman, James Pan American Clippers: the golden age of flying boats, A Boston Mills Press Book, 2011
Yenne, Bill The Story of The Boeing Company Updated Edition, Zenith Press, 2011


(栗田正樹 記)



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