サン・ディエゴ San Diego


4月4日(火)快晴。ボストンの真冬の寒さから一転、ロスアンゼルスは初夏の陽気である。朝、ニューポートビーチのホテルよりチャーターバスで22名がサン・ディエゴに向かう。

 

サン・ディエゴはホテルより160㎞南の海軍基地のある町で、車で2時間ほどの行程だ。午前中、空母博物館として公開の退役空母“ミッドウェイ”を見学し、喫茶店 The Bay Cafe で早めの昼食(といっても筆者はホットドッグ1本)を摂り、サンディエゴ湾の2時間クルーズに参加する。このクルーズは湾の南北各1時間と2時間の3コースがある。

 

切符売り場の手前の巨大なバウスプリットが展示
切符売り場の手前の巨大なバウスプリットが展示

午後1時過ぎからクルーズ桟橋のすぐ隣にあるサンディエゴ海事博物館を見学する。桟橋をあがり“スター・オブ・インディア”とHMSサプライズのマストを 見上げながら博物館の切符売り場に向かう。切符売り場の手前に巨大なバウスプリットが展示され、案内板によれば1900年建造の4マスト・スクーナーのも のとのこと。切符売り場でシニア料金$11を支払い出入り自由のスタンプを手の甲に押され案内書を貰う。

  “Maritime Museum of San Diego” は地上に建物は無く、大小8隻の保存船から構成されている。以下に案内書から抜粋したこれらの保存船の概略を記す。

スター・オブ・インディア Star of India 1863年 帆装商船3マスト・バーク 12 ft.
バークレー   1898年 蒸気フェリー 279 ft.
H.M.S.サプライズ H.M.S. Surprise 18世紀 英国海軍フリゲート(レプリカ) 179 ft.
メディア   1904年 蒸気ヨット 134 ft.
パイロット   1914年 パイロット・ボート 52 ft.
カリフォルニアン   1848年

レヴェニュー・カッター(レプリカ)

2マスト・トップスル・スクーナー

130 ft.
B-39
   

ソ連フォックストロット級ディーゼル

攻撃潜水艦

299 ft.
U.S.S.ドルフィン   1968年 合衆国ディーゼル潜水艦 165 ft.

 

 

H.M.S.サプライズ

H.M.S.サプライズ
H.M.S.サプライズ

始めに“H.M.S.サプライズ”に向かう。乗船桟橋を歩きながら艦首細部の写真を撮りまくる。ヘッドレイルのモールディングが非常によく作られて いる。錨を上下する際に船体を保護するアンカーライニングの板厚は1インチ位とかなり薄い。(1/64の模型ならば0.4ミリだ) 乗船入口の案内板には次ぎの説明がある。『あなたが今から乗る船は最初は1757年建造24門フリゲートHMS ローズのレプリカであった。本物の“ローズ”は独立戦争に参加し1779年サバンナ港で沈没。ローズ・レプリカはその後1797年建造の28門フリゲート HMSサプライズのレプリカとして作り直された。本物の“サプライズ”はナポレオン戦争で活躍したが、近年パトリック・オブライアンのシリーズ小説の主役 の艦名としてより有名になった。-後略- 』乗艦しざっと見回す。イエローオーカー色のマストはひび一つ無く木材ではないのかも。艦首とフォア・マスト付近には他の2本のマストに比べ留められた ロープの数が圧倒的に多い。なぜなら3枚のヘッドセイルやスプリット・ヤードのロープが加わるためだ。太いメイン・ステイはハートで引っ張られているが、 近くで観察すると実際はターンバックルが埋め込まれておりハートはダミーらしい。フォアとメインのマスト間もすべてデッキが貼ってあり、海洋画家ジョフ・ ハントの描く小説の“サプライズ”とは異なる。(理由は後述) この時代の英艦ではブルワーク、ハッチ・コーミング、ビット、砲架など赤く塗られているのが普通だが、この艦では上部甲板で赤く塗られているのはキャプス タンのみでブルワークや砲架はイエローオーカーだ。マスト周りのビットは黒、そのクロスビームはイエローオーカーと2色に塗り分けられている。英国の博物 館の模型でも見たことのない塗装だ。さらに言えば船体他黒い部分は真っ黒ではなくややグレーがかった塗装で、ポーツマスの“ヴィクトリー”の黒より明る い。映画の映像効果を考慮しての味付けか。ミズン・マストのブームは見学者の頭が当たらないようマスト・サドルから1mほど上にセットされている。

艦内レイアウト図
艦内レイアウト図

一段下のデッキへ降りると艦内レイアウト図が掲示されている。そこには現在地が印され、ここがアッパーデッキであり『この位置から前方を見ると18世紀の フリゲートではこの絵のように見えた。』とある。しかし、サプライズ・レプリカで前方を眺めても全て甲板材で覆われ絵のようには空が見えない。解説曰く 『このレプリカ船の内部は18世紀のフリゲートにほぼ似ているが、このデッキは帆走のとき水を被ったり、大砲他の展示品を保護するため本来オープンである 中央部分をカバーしてある。

また、見学者の頭がビームに当たらないよう中央通路を両サイドより低く作ってある。(この解説はかなり意訳した)』両サイドの鉄かプラススチックか判別で きない良くできた大砲を眺めながら移動する。ここの壁はすべて赤い塗装だ。最後尾の明るいグレートキャビンには映画「マスター・アンド・コマンダー」で使 われた衣裳や小道具類が展示されている。ここの解説では『映画撮影のカメラ・ワークのため本来あるべき壁をひとつ取り去った』とのこと。キャビンのすぐ前 方には現代のヨット用のクローム・メッキされた細身の舵輪がある。
映画撮影時、実際は2基のディーゼルエンジンで推進し、この舵輪で船をコントロールしたとのことだ。18世紀の実物のフリゲートとの違いをきちんと解説していることに筆者は好感を覚えた。それにしても良くできたレプリカだ。

“スター・オブ・インディア”

Star of India
Star of India

次ぎに3本マスト・バーク“スター・オブ・インディア”へと向かう。この船は1865年、英国マン島にて建造された。当時の船体は木造が主流であったが、 この船は鉄製である。初代から3代目オーナーまでは英国の会社であった。19世紀最後の25年間は主としてニュージーランドへの移民輸送に従事、その間 21回の世界周航を成し遂げた。19世紀末、アメリカの缶詰会社の所有となり毎年春カリフォルニアからベーリング海へ出かけ、秋にサケの缶詰を積んで戻っ てきた(蟹工船ならぬ鮭工船か)。1902年にバーク・リグからシップ・リグへ改装され、船名を建造時からの“ユーテルピ”(Euterpe:ギリシャの 女神)から“ スター・オブ・インディア”へ改名された。帆船が時代遅れになった1923年には使われなくなり放置されていたが、熱心なヴォランティアによりミュージア ム・シップとして復元・保存され最低年1回のセーリングやっている、とのこと。ザ・ロープ・ニュース73号で松原氏の報告にあったニューヨーク・サウス・ シーポート・ミュージアムの“ペキン”も同タイプの船だが、こちらのほうが保存状態はずっと良い。船内は展示場として使われているが、“ワサ”や“カティ サーク”の模型など一般的なものでこの辺はさっさと通過。模型でちょっと惹かれたのは“スター・オブ・インディア”の現在と異なる塗装の初期のシップ・リ グ模型やセール付とセールなしのバーク・リグの模型など。移民船当時のマネキンを使った客室の再現では、狭い四畳半くらいの部屋で一家が数か月暮らした厳 しい環境が良くわかる。当時のトイレは非常に狭く、穴の開いた腰かけ板の下に手桶が置いてあるだけだ。(幅が狭すぎて力士は多分入れない)

"バークレー"

蒸気フェリー・ボート“バークレー”
蒸気フェリー・ボート“バークレー”

3隻目は蒸気フェリー・ボート“バークレー”だ。この船は1898年建造され1958年まで60年間サン・フランシスコ湾で使用された。入口を入っ てすぐにミュージアム・ショップがある。その奥にはミュージアムの工房があり、通路からガラス越しに作業を見ることができる。が、今日は無人だ。ここも船 内は展示室に改装されているが、模型や展示品の数は “スター・オブ・インディア”よりはるかに充実しており、ショップ、工房、図書室があるのでここが本館に相当するのだろう。暫く行くとフェリー“バーク レー”の模型があった。ダブル・エンド型の船体で両端に操舵室とスクリューを備えている。
近距離を往復するのにいちいち方向転換なしで運行できるタイプである。模型の多くは西海岸や米西戦争に縁のある艦船や資料なので一瞥し通過した。西海岸の港のディオラマで鉄道模型と材木輸送スクーナーを組み合わせたものが2点あり興味を惹かれた。

客室のニス仕上げ椅子
客室のニス仕上げ椅子

19 世紀中頃以降、カルフォルニアは急激に発展したが、そのため北部(多分オレゴンやワシントン州)で伐採し製材した木材を大型のスクーナーで持ってきたそうだ。模型の展示を見終わって更に上のデッキへ行くと、そこには手入れの行き届いたニス塗りベンチがずらっと並び当時のまま保存された客室だった。そろそろ 集合時間も迫ってきてショップで記念品を探す時間となった。買い物を済ませ外へ出て“バークレー”の隣に係留されている潜水艦USSドルフィンを眺め全員 集合を待つ。この潜水艦は1968年~2007年就役したアメリカ海軍最後のディーゼル潜水艦で、実用艦としては3,000フィート(910m)以上の深 度記録を保持している。また、魚雷発射の深度記録も持っているそうであるが、軍事機密なのか具体的な数値は案内書に載っていない。時間があれば内部を見たかったが残念ながらバスの出発だ。

 

(佐藤憲史)