グリニッジ Greenwich その2


5年前の2007年5月、火災に遭い消失が懸念された「カティサーク」は歴史的帆船であり、グリニッジのランドマークである事から復元に向けた募金等の支援活動が行われ、同年9月から修復に取りかかった。以来5年に及ぶ工事期間を経て修復が完了し、今年4月26日から一般公開になった。

修復内容は火災で駄目になったり老朽化した木材や鉄骨の取り替えと内装を建造当時の状態に復元することであるが、併せて船体の喫水部分の周囲にガラス張りの囲いを新設し、船体も持ち上げてキールを下から眺められる様にするなど魅力的な展示にする配慮が行われた。船底や船内のリニューアルは完了したが、修復後の外観はかつてのような全体像は見られなくなった。


カティサークは中国産紅茶の新茶を一日でもより速くロンドンに運ぶために建造された快速帆船のティクリッパー(Tea Clipper)である。新茶はイギリス人に重宝され、3~4ヵ月かけて運ばれた新茶は建造費の2/3に達する価格で取引された。船体は通常、長さと幅の比率が3:1なのにカティサークは高速化のため長さと幅の比率を6:1にして、スリム化し、スマートな形になっている。この帆船を30名弱の船員で操船し、最大速度17ノット疾走した。現在、世界で唯一残ったクリッパーとしてロンドンのグリニッジに保存されている。グリニッジはカティサークのほかに世界標準時間と経度の起点になる天文台、世界最大の海事博物館がある観光名所である。

カティサークが建造された1869年(明治2年)は進水直前にスエズ運河が開通して鉄製蒸気船の時代が進んでいた。しかし、帆船は燃料の石炭を搭載する必要がなく、給炭地への寄港が不要で積載量が大きく、さらに鉄製の船体は紅茶を劣化させるという迷信から、カティサークは木材を使用した帆船になった。

船体は外板と甲板に木材を使い、キール、フレームおよび甲板用梁のビームなど構造材と舷側ブルワークは時代を反映して鉄を使った、木鉄交造帆船である。カティサークは同型のサーモピレーと輸送レースを繰り広げて華やかな面もあったが、帆船は無風が多いスエズ運河を航行できなくて喜望峰大廻りのハンデキャップを払拭出来ず、帆船時代は急速に終焉を迎える。紅茶輸送の主役は蒸気船に移りカティサークは進水から9年後に紅茶輸送から引退した。

その後、綿花輸送などの変遷を経て、1954年には歴史的帆船としてグリニッジのドライドックに保存され、一般公開になる。屋外展示のため、数度に及ぶ修復の後、内装改修のため2006年に公開を中止し11月から2年をかけて修復作業を行うことになった。修復で取り外したマスト、ヤード、キャビン、魔女ナニー像や船内展示の沢山のフィギャーヘッドはテーマパーク博物館のチャタム造船所に移動した。これら艤装品は火災の被害に免れることになる。

チャタム歴史博物館に移動したキャビン、マスト、ヤード、装飾等の艤装品
チャタム歴史博物館に移動したキャビン、マスト、ヤード、装飾等の艤装品

火災は工事着工から半年後の2007年5月21日(月)未明の4時45分に発生した。消防車8台の消火作業により1時間43分後の6時28分に鎮火した。出火原因は掃除機の電源切り忘れによる失火である。

損傷の著しい部分は下図赤色部分の主甲板(Weather Deck)、その下の中間甲板(Tween Deck)および下の船倉(Hold)。鉄製のキール、フレームおよびビームは形状を留めた。甲板と外板の木材はダメージが大きかった。1時間43分に及ぶ火災で鉄骨の損傷が少なかったのは、消火活動のほかにカティサークが鉄製のキール、フレームと木材外板の複合材であったため。木造船であれば全焼していた。

火災、消火作業と鎮火後の状態(船体の鉄骨材は残る)
火災、消火作業と鎮火後の状態(船体の鉄骨材は残る)

修復に際して鉄製キールとフレームの殆どはそのまま使い、変型した鉄製梁のビームは取り替えた。その外、経年劣化で腐食したフレーム間には補強のフレームを追加した。木材は外板、甲板材ともに全面的に取り替えた。

 

 左写真は消火後、外板を取り外した状態。フレームは腐食で欠けた部分もあるが、そのまま塗装して使用する。外板材とフレームの間に交差して取り付けている帯鉄のブレスは腐食している箇所は取り替えられた。甲板の板材を支えるビームも形を留めていたが、熱で歪んでいるところは甲板を揃えて張れないため、取り変えた。船首と船尾付近のフレームは腐食が多いため、フレーム間に補強フレームを追加した。この部分は公開では見えなくなる。

今回の火災修復に併せて実施した船体のドライドックから持ち上げは船体の周囲にぶ厚い鉄板を巡らせ、その鉄板に仮支柱を取付てジャッキで持ち上げた。その後で鉄板とドックの階段部分に本支柱を左右各11箇所取り付けて空中に浮いた状態にする方法が採られた。なお、鉄板の取り付け位置は銅板貼りの下になり、完了後は見えなくる。

 

フレームの塗装後、腐食の多い船首・船尾フレームの間に補強フレームを追加
フレームの塗装後、腐食の多い船首・船尾フレームの間に補強フレームを追加

 

ジャッキでドックから約3m持ち上げられた船体をキールの下から見上げる見学者はカティサークが迫ってくる感じを受けて迫力満点である。船内の船首像展示方法などもリニューアルされ、内容の充実が図られた。

船底の銅板貼り、銅釘は一枚の銅板周囲と内側に14箇所打ち付け船体はドックから約3m持ち上げられた
船底の銅板貼り、銅釘は一枚の銅板周囲と内側に14箇所打ち付け船体はドックから約3m持ち上げられた
船体を支える支柱左右各11箇所の支柱でドックに浮かぶ船体屋外から見た船体と周りの囲い
船体を支える支柱左右各11箇所の支柱でドックに浮かぶ船体屋外から見た船体と周りの囲い

58年前の1954年、カティサークを、カティサークがグリニッジのドライドックに保存・展示されたのはエジンバラ公の尽力であった。今回の修復にもエジンバラ公は火災直後から復元に向けて寄付集めを始め、寄付の都度、名前と金額をホームページで公表した。2年で完了の予定は火災により5年の期間になり、経費は5億ポンドになった。

修復が完了して一般公開の前日4月25日にはエリザベス女王と夫のエジンバラ公が出席する修復完了式典が行われた。女王は式典終了後、引き続いて船内を見学した。

カティサークへのアクセスは4通りある。テームズ川のウエストミンスター橋左岸(ビッグベン側)の埠頭(Pier)からグリニッジ埠頭を往復する水上バス。地下鉄のドックランド線(Docklands Light Railway,DLR)でテームズ川の下を横断してグリニッジ駅下車。ナショナルレイル(National Rail)でグリニッジ駅下車および二階建ての名物ロンドンバス。
お勧めは市街を眺めながら航行する水上バスで、テームズ河の航行は風情がある。

 

 

(安藤雅浩 ザ・ロープニュースNO.75掲載)