子供の領域

 ―羊蹄丸の親子教室を手伝って―

 

福田 正彦 

 


小松左京のSF短編集「時の顔」に収録されている「お召し」という作品がある。ある国の長官の下に届けられた三千年前の資料によると、ある日突然父母を含めた「おとな」がすべてこの世から消え失せたというのだ。そして現在、明日には満12歳になる長官がこの世から去る「お召し」を前にしてそこはかとない恐怖と期待を感ずる。この短編はどちらかというと悲劇的だが、この12歳、小学校6年生が大人と子供を分ける1つの境界であることにぼくはもろ手を挙げて賛成したい。

 
感性という点でいえば、おとなは子どもが成長した姿ではない。子どもは独特の感性を持ちながら、おとなになるときにその大部分を捨ててしまう。誤解をおそれずに言えば、それはおとながそれを強制するし、また世間がそれを許さないからでもある。だから独特な子どもの領域に首を突っ込める機会があればそれを見逃す手はない。今回の親子教室の手伝いにホイホイと参加したのはそんな下心もあった。そして見事にそれが当たったのだ。


岩倉さんたちが苦心して用意した小さなヨットのキットはよくできていて、何よりもセールや船体に好きな絵が描けるというのが子どもたちの関心を呼んだ。親子教室だから、子ども達は一応親の顔を立てる。
「ねえ、どうやって描くの?」
大方の親は
「好きなように描いていいのよ」
と答える。ぼくたちが予めどんなように描いてもいいし、絵だって字だって顔だって何でもいいんだよと念を押しているからだ。それでもあそこに見本があるだろ、というお父さんもいるが、描き始めてみればそんなことはどうでもよくなる。特に年齢の低い子供たちは好き勝手に描く。左上のお嬢ちゃんはセールの絵も船体塗装も大変奔放だった。多分長女ではないのだろう、お母さんの忠告をことごとく無視してわが道を行くのが第三者として見ると申し訳ないが可笑しくて仕方がない。


そう かと思うと見守り型のお父さん(おじいさんかも)もいてこれはお互いに楽かもしれない。田中会長の撮影した写真もお借りしてユニークな作品をいくつかご紹 介しよう。セールの絵もさることながらキャビンやハッチの部品だよと紹介した木片をラダーにしたり、バウスプリット風にしたり。さすがにラダーにする発想 には正直びっくりした。セールの絵も高学年になるほどきちんとしてくるが、自由度が少しずつなくなるようでもある。女の子はセールという概念よりも「きれ い」が先行するようで水玉模様の帆はその典型だ。


何よりもよかったのは子どもたちの嬉しそうな顔、作品を仕上げた満足感だろうか。小さな男の子はできた作品を床において走らせ、自分のヨットが波を蹴立て て海を走る有様が頭の中一にいっぱいになってそれ以外は何にも目に入らない。ラダーを船底に貼ったのは可愛い姉妹の妹のほうで、すごいねぇ、といったら本 当に嬉しそうで今にもとんぼ返りをするんじゃなかろうかと思うほど飛び跳ねていた。そのお姉さんが写真の女の子だ。この発想に妹が触発されたらしい。そう かと思うと親子教室を象徴するような笑顔の共同作業もあって、普段から仲の良い親子なんだなあと思わせられる。もっともっと載せたい写真があるが、それが できなくて残念だ。


そんな次第でぼくたち手伝い組は存分に楽しませてもらったが、この準備は大変だったろうと思う。1日に15組が3回でこれが3日間あったから、予備を入れ て150セットを用意するのは大変だ。船体の微妙なカーブもマストの切り込みも、はてはブームやガフのワッパ取り付けまで縁の下の力持ちには感謝の言葉も ない。これはロープの会員ならではで、文句も言わず(言ったかもしれないが)これだけの準備か進んだのだ。


ぼくにとってもう1つの収穫は手伝い組を通じて仲間との交流を広げたことだ。例会と違って1日中お付き合いをしなければならないし自然に話題に花が咲く。 ぼくは会員歴こそ長いが船の製作も、会の仕事もまったくといっていいほど自慢できない。が、それを承知で、今回の経験から敢えてやっぱりみんなでこんな機 会を利用しようよと言いたい。何だかんだといっても面白いし、70歳も年下の若い女の子と付き合える機会はめったにないからね。


2010.8.24.