金魚のヒーブツゥ

 

 

福田 正彦


わが家の水槽に金魚が2匹いる。1匹はデブという名で、もう1匹はチビという。3年前に卵からかえったばかりの、ほんの数ミリ程度だった20匹の生 き残りである。なにしろよく食べる。小さい頃から体格の優劣がかなりはっきりするもので、ダメな金魚が次々と脱落するなかで、やはり残るのは大きいものばかりといえる。デブは18センチある水槽の桟幅いっぱいで、チビでもその三分の二はあるから、水槽の大きさから見てもこれ以上は大きくなるまい。


飼ってみると金魚はなかなか可愛い。ぼくが座るとそれこそ何を置いても寄ってきて餌をねだる。かみさんはあまり餌をやらないからそれほどではないが、ぼくには大きな身体をよじって、身を震わせて餌をくれという。金魚だからしゃべるわけではないけれども、水面に半分口を出して、ばくばくと音を立てる。挙げ句の果てにはしゃんと水をはねかえす。餌をもらえるとなれば、背中をさすられても平気という食いしん坊である。


ところで金魚がどうやって餌を食べるかご存じだろうか。もちろん口で食べるのだが、浮いている餌にただやみくもに突進しても水槽の壁に鼻を(鼻があるとしてだが)ぶつけるば かりで、口にはいる餌は1粒か2粒にすぎない。がばがばと餌を食べるには水中で止まっている必要があるのである。ご存知のように、帆船が海面で錨を使わず に一時停止するには、いくつかの帆に風を受けて推力を得ると同時に、別の帆を裏帆にして(つまり帆の前側から風を受けて)逆の推力を得て平衡させる。これ がヒーブツウ、日本語では踟躊(ちぢゅう)という難しい言葉があるが、誰も使わない。

 

金魚はヒレで動く。背中には背ビレ、腹の方には前から胸ビレ、腹ビレ、尻ビレ、それと一番後ろに尾ビレがある。このうち胸ビレと腹ビレだけが対になってい る。金魚をよく見ていると、餌を食べるときはゆっくりと尾ビレを動かすと同時に、胸ビレを懸命に動かしている。胸ビレば後ろ向きに生えているから、これを 動かすと水を前に押しやることになって、後進力が働く。もちろん尾ビレは推進力だから、金魚は水中でヒーブツウしているのである。この方法だと金魚はどん な方向を向いても一時停止できる。


帆船は二次元運動だか、金魚は潜水艦と同じで、三次元に動く必要がある。水面の餌がなくなると底 の砂利に沈んだ餌が目標になって、逆さになって砂利を口に含んではぺッと吐き出す。これなんぞはまさにヒーブツウできなかったら、金魚そのものがざっくり 砂に突っ込んでしまう。水中に漂う餌は胸ビレを横に広げ、ゆっくり上下に動かして水平を保ちながら、尾ビレで前進して食べる。なんだか余り役に立ちそうも ない小さな胸ビレだが、ひどく重要な役をしていることを発見して嬉しくなった。

 

なーんだ、そんなのジョーシキだよと言わないでほしい。「オーィ金魚は ヒーブツウするぜ」とかみさんに怒鳴ったら、もう3回目よと言われて落ち込んでいるのだから。

 

  

 

 

(ザ・ロープニュースNo.6)