単気筒焼玉エンジン

 

 

福田 正彦 

 

春近いといっても青森港は寒い。ましてロクな洋服も着ていない身にしてみれば寒さに震えてもいいところだが、とてもそんなことに気を使っていられない。函館へ行く船を捜さないことには、入学式に間に合わない。肩に担いだ柳行李をよいしょとゆすりなおして、もう一と回りと岸壁を歩き出した。昭和22年3月末、戦争が終わって、まだ2年もたっていないころのことだ。


5年間の中学生活(もちろん旧制だ)で勉強をサボったおかげで、北海道くんだりまで都落ちをする羽目になって、それでも遠くへ行けるのは嬉しいと喜び勇んだものの、入学証明書があってさえ、おいそれと汽車の切符が手に入らない。つてを頼って紹介してもらった交通公社の人は、アメリカにいたことのある白髪交じりの紳士で、道を横切る時さえごく自然に“テイクケアー”とぼくの肩を抱いてくれるような人だったが、気の毒そうにいったものだ。
「悪いけど、青森までしか切符が取れないんだよ。青函連絡船で大勢待ちがあるらしくて、連絡船の切符は発売がなくてね。」
そういう次第で、家を出てから三日目の朝(並ぶのに1日、汽車で1日だから)、ぼくは一人で青森港にいたのだ。

 

港は忙しい。ほとんどが漁船のようで、相手にしてもくれないし漁船に頼むつもりもない。付近でただ1隻、かなり乾舷の高い、スパンカーを持った丸っこい船があった。ねじり鉢巻で、長靴をはいた不機嫌そうなおじさんがどうも船長らしい。夕方に函館へ出航するから乗せていってやってもいいという。10円出せばね、というのが条件だ。

 

10円! インフレの激しい2年後、実習という名のアルバイトのとき、石巻から上野までの汽車賃が24円だったから、当時10円出すとぼくの懐は極端にさみしくなる。でも背に腹は替えられない。急に重くなった柳行李を担ぎ上げてぼくは踏み板を渡った。


津軽海峡に出るまでは「見つかるといけねぇから」甲板に出るな、というのが船長さんのお達しで、ぼくは石炭を運ぶこの100トンの機帆船のエンジンルームに入りこんだ。吹き抜けのような天井の高いこの部屋には、二抱えもありそうな太い鉄の筒が一本と、ぼくの背よりも高い大きなフライホイールが収まっている。かたわらに小さな炉があって、十三、四だろうか、色の黒い狐のような顔をした少年がバッタのように両足を立ててへたり込み、火の番をしている。薪の炎が少年の顔とランニングシャツから出ている細い両腕を照らしているが、彼はチラともこちらを見ようとしない。


「ご飯です」。うとうとしていたぼくは、そういわれてビックリ仰天した。米を出さずに一飯の恩義にあずかれる時代ではないのだ。おかずが何だったかちっとも覚えていないが、ふんどし付きの麦が一杯入ったご飯が、なんともありがたかったことだけはよく覚えている。誰であろうと、船では乗っている人に食事を出すのだ。

 

やがて、乗組員の一人が、エンジンの上によじ登ってトーチランプで焼玉を炙り始めた。気がつくと、あの大きな筒は単気筒の焼玉エンジンで、最初は文字通り焼玉を焼くのである。焼玉とは気筒の上にある鉄の塊で、ぼうぼうとトーチランプの炎を吹きつけても中々焼けない。そのうち、いくらか色が変わり、ついには薄い赤色になった。合図と共に二人掛りでフライホイールが回されると、突然、ズッッボォーンという腹に響く音がして、エンジンが掛かった。

 

もういいよ、といわれて甲板に出てみると陽はとっくに暮れて、星空から身を切るような風が吹き降ろしている。周辺の陸地には電灯も見えず、ただただ暗闇だ。小さなブリッジに上ると、船長はそろそろ津軽半島の先端を過ぎる頃だという。道も半ばか。コンパスのほのかな光に照らされて見ると、傍らのテレグラフはエンジン・フルを示している。

 

「何ノット出ているんですか?」
「さぁ、5ノットか6ノットかな」
「函館まで何時間掛かるんでしょう」
「青森から12時間だから、明日の朝にはちゃんとつくよ」


12時間か。青函連絡船なら6時間半でつく(トンネルが出来るちょっと前は4時間半だった)。それでもこの船に乗っていれば、入学式には十分間に合う。生まれてから行ったことのない函館とは一体どんなところだろう。どんな仲間と会えるんだろう。そんなことを考えていると、ぼくは何だか急に“笈を背負って”旅をしているような気分になってきたからおかしい。

 

翌朝6時、朝靄の中を機帆船は倉庫群の前の岸壁に横付けされた。早朝なのに付近はにぎわっていて、人の往来が多い。柳行李を担いで表通りに出ると、もう腐れかかった根雪が黒くなっているのを踏み砕いて馬車が通る。糞を受ける布のバケツを尻尾の根元に括り付け、首に巻いた輪にはいくつかの鈴がついている。馬が引くゴムタイヤの大きな大八車といった風情である。空の馬力を呼びとめて、学校の寮まで乗せていってくれないかと頼むと、二つ返事でいいよという。しかもタダでいいと。行李を荷台に放り上げ、その一番後ろに腰掛けて足をブラブラさせ、シャン・シャン・シャンという鈴の音を聞きながら、さして来た陽を仰ぐ。これが函館か!

 

2002.8.18.