アメリカ・人さまざま

 

 

福田 正彦 

 


「私の隣は中国の大人かと思いましたよ。」
と、桶谷さんがからかう。

 

ちょっと事情があって、ぼくはISDCという団体から1人でその会議に出席していた。隣にいたのもOIEという非政府組織の代表で、鼻下に髭を蓄え、有余るほどの髪の毛を持てあましているような比較的若い東洋人ひとり。何となく気になってレセプションの時に話をしたら、農水省から出向しているもちろん日本人で、パリに事務所があるんだとか。それが桶谷さんだった。

 

そのうちなんとザ・ロープの会員であることも分かった。もう除名されているかも知れませんがね、といいながら、日本に帰ったらまた船造りを始めたいと、開店休業中の落ちこぼれ同士で話が弾んだ。

 

その桶谷さんの話。あたかも米国大統領選挙の前で、ブッシュかゴアかと沸いた頃、
「ここへ来るときに乗ったタクシーの運ちゃんなんですがね、おれは共和党員だけど、今回ばかりはゴアに投票するっていうんですよ。」
「ふーん、なんで?」
「ブッシュが親子二代で大統領になるのはよくない、アメリカは帝国じゃないんだから、とこうですよ。」

タクシーの運ちゃんといえば、ぼくの知っている国では大体おしゃべりが多い。ワシントンから帰るときのタクシーでも、ぼくが乗るなり日本人だろ、と話しかけてきた。おれはエチオピア人だが、と浅黒い痩身で目ばかりぎょろりとした彼が、半身でちらちらとぼくを見ながらどうして日本はアメリカと戦争したんだという。

 

「それは複雑な問題だが、日本はアメリカ、イギリス、中国、オランダに囲まれてね。」「で、日本は自分を守るために戦争したのか?」
「まぁ、それも原因の一つだね。」
「それで、あんたはアメリカを憎んでいるのか?」
「憎んではいないが、国と国との間にはほんとの友情は生まれないよ。人と人との間にはどんな国でもほんとの友情が生まれるけどね。」
「人と人との間にはねぇ、いやー、サンキュウ!」


 

ぼくの英語力ではこんな程度の説明しかできないが、サンキューといわれたのには驚いた。しかしもっと驚いたのは、何であんたは戦争のことなんかを知っているのかと彼に聞かれたときだ。
「だってぼくはその時、ジュニア・ハイスクールにいたからね。」
「ほんとか? おれはあんたが40代だと思った!」

 

お世辞とも思えないが、アメリカでは若く見られることが多い。アメリカ代表団主催の“ノンホスト・レセプション”と称する30ドルも会費を取られるレセプ ションで、ぼくの隣になったのは、CI(コンシューマーズ・インターナショナル)の代表でインド系のイギリス人女性だった。豊かな黒髪をひっつめにして、 ちっとも飾らないが、大きな目が印象的だ。会議も疲れるよね、という話から、あなたは何年生まれ?という。


「ぼくは・・、いや、あなたはぼくが幾つだと思う?」
「アイヴ・ノーアイディア」
というのがその返事だった。分からない、というのをそういう言い方があるのかと、大いに勉強になったが、1930年生まれだよ、といったとたん、
「ノー!」
さすがに“ウソ”とはいわなかったが、彼女はぼくを55才と思っていたという。

もう何年か前だが、ワシントンの直行便が無くて、ニューヨークからワシントンへターボプロップ機で飛ぼうとしていたときのこと。後で聞いたら嵐が来ていた らしく、ぼくの便は延期延期でどうなることやら、事情を知っていそうな人もいない。そこへ、地上勤務員だろう、航空会社の作業服を着た人が通り過ぎた。
「もしもし」と話しかけたが、振り向いてもくれない。
 忙しいのかなぁと思いながらも、足ぐらい止めてくれても良さそうにと、いささか腹立たしい思いをしていると、やがてくだんの作業員氏が戻ってくるのが見 えた。ひどく痩せた金髪の白人だが、うつむき加減でどうも元気がない。今度こそ聞いてやろうとその前に立って、この便はいつ出そうかと聞く。
「ぼ、ぼくは耳がよく聞こえないんで、」と補聴器を示しながら、
「だ、誰か他の人が説明すると思いますが・・」
聞き取りにくい声で少しどもりながら、それでもじっとぼくの顔を見ていた彼は、突然両手でぼくの手を握ってきた。
「サ、サンキュウ、サンキュウ、ぼくに話をしてくれて・・」
泣かんばかりの顔が、これまでどれほど彼が話をしてもらえなかったか、ゴツゴツした手を通してぼくに伝わってきた。

デンバーに住んでいる友人が、近くの大学町ボールダーに連れて行ってくれた。そこで紹介してくれたのがキャシーという日系アメリカ人女性である。完全な日 本語と英語を話し、友人にいわせると貴重な“バイカルチャー”だという。3人で街の灯りを見下ろすクラブで夕食を取りながら、2つの文化を理解するのは大 変なことだと話していると、それでもねぇとキャシーがいう。どう見ても日本人という活発なキャシーの顔に一瞬陰がよぎる。彼女は、何国人だとよくいわれる のだそうだ。
「私はアメリカ人、というのだけれども・・」
ぼくの感じでは、彼女の発想は基本的にアメリカ人だ。それでも、
「日系人といわせたいのよね。」

 

別のカルチャーに対する優越感、それはどこにでもあるが、このおっとりしたボールダーの街でそれを聞くとちょっと悲しい。経歴に穴を開けないようにと、臨時の安月給で日本語を教えているという彼女の健闘を祈るばかりだ。  

 



2001.1.21.