奥様の帆船模型

 

安藤雅浩


今年一月の帆船展当番日に、伊東屋の展示会は毎年楽しみながら見ていると言われる中年のご夫人から、製作途中のままになっている帆船模型を仕上げて貰えないかと相談を受けた。

木製帆船模型は仕上げるよりも途中で投げ出すほうが多い趣味だげに、何かアドバイスできることでもあればと思い話を伺った。


製作のきっかけは帆船模型展を永年、夫婦で見てきたことで、その内に、夫がやる気を出して作り始めたものの、船体がほぼ出来上がった二年前に病気で他界し、今でもそのままにしているが、天国の夫の気持ちを思うと仕上げて飾りたいとの由。


製作途中の船はイタリアのキットで二本マストのプリッグだが、自分にはできないので、期限はいつでもいいから仕上げて欲しいと頼まれた。帆船教室やキットからの製作なら教室の先生や伊東屋さんに引き受け願うことも可能だが、製作途中から別人の手で仕上げるには故人の作風を尊重しなければならず、失礼ながら出来具合を見てから引き受けるが決めようと考え「船を見てから」と申し上げた。


展示会最終日の日曜日、その夫人は手作りのタンポール箱に上手に収めた船と艤装パーツを小さく区切られた透明ケースに入れて持参し、再度仕上げを依頼された。やや小型の船をダンボール箱から出してみると、船体の板張りはていねいで素材のカラーを活かしており、展示会を永年見て備わったものが作風に現れている。これなら仕上げてもいいかと思い、引き受けて始めてみると、意外に手直しが生じたが、できるだけ故人の作風を真似て仕上げた。


出来あがって、引き取りに拙宅まで来てもらった時は大変喜ばれ、後日のお盆には旬のものを項戴した。なんだか供宴をした様な気がした。ある会員にこの話をしたら「いい話を聞いた。帰って家内によ-く話しておこう」

 


話は変わって古くなるが、ある全国紙のコラムに奥様の帆船模型についての随想投詩が載っていたので紹介する。なにぶん昔のことなのでよく覚えていないが、概ね次のような内容で、船作りは熱中するだけでなく家族団らんにも気配りも忘れずにといったものと記憶している。


私の夫は帆船模型作りが趣味で、作品を見た誰からも「良い趣味ですね」と言われ、私も当初はそう考えた。確かに器用で、土日には何十時間もかけて木を削り、船体、部品を正確に組み立てていく。深夜テレビやスポーツ新聞に夢中になる人とはひと味違っていて、将来はすてきな家庭になるだろうと思った。
しかし、長く見ていると少し心配になってきた.展示会の何ヶ月も前から準備にかかり、二週間前になるとほとんど眠らずに仕上げていく。まるで家内工業で、歯の浮くようなノコギリの音、飛散する削りくずと掃除機の音、外で塗装しても郭屋の中まで匂うシンナー。1㍉、2㍉の精度に注力して部品を組み立てている夫は自分だけの世界に没頭している。夫は夢中になれて楽しいだろう。私とは口もきかず、子供の相手は私任せ。夫の才能は認めるし、定年になってもすることがあってショックは少ないだろう。
しかし、好きな読書や音楽鑑賞もできない私はどうなる。今でも狭い家が帆船だらけになりはしないかと心配になってきた。そして出来上がる船を見て目を輝かせる息子が二代目になりそうで余訂に気にかかる。
私は幸せな家庭に感謝しているが、どうもすっきりとしない。夫は私の気持ちを理解しているのだろうか。

 

ザ・ロープニュースNo.21 (1998)