原子力潜水艦ノーティラス

 

 

福田 正彦 

 

旅をすると朝が早い。6時に起床して身支度を整えると7時には食事。宿の朝食はぼくの楽しみでもあるのだが、米国ではどこでも目の前で絞ってくれるジュースがおいしい。8時半に宿を出ると塔の上には風見鶏ならぬ風見鯨が見えるのがいかにもミスティックだ。

 

真っ先に向かったのは原子力潜水艦第一号のノーチラス号で、コネチカット州グロートンのニューロンドン海軍潜水艦基地にある。この基地には潜水艦隊資料館と博物館があり、その前のテイムズ川に記念艦として係留されている。彼女はここで生まれたのだ。1952年というから昭和27年で、戦争が終わってから7年しか経っていないその6月14日に時の大統領ハリー・S・トルーマンの命令で起工され、2年後の1954年1月21日に進水している。進水式にはアイゼンハワー大統領夫人がシャンペンの壜を彼女にぶつけて「伝統に従って壊した」と資料にある。当時すでに原子力エンジンを搭載する実力が米国にあったのが、考えてみると恐ろしい。

 

本来なら、ノーティラスの甲板から士官集会室に降り、発令所の手前からさらに下に降りて(彼女は2階建てだ)ギャレーを通り、前部魚雷発射管室からまた甲板に出る見学通路があるのだが、この日は通路のガラスが割れて見学はできないという。1958年8月3日夜11時15分、極秘命令「サンシャイン作戦」で地理上の北極点を世界最初に「船として」通過したこの艦にぜひとも乗ってみかったが、まあやむを得ない。誰かよほど行いの悪いやつがいるんだろうと、皆ぶつぶつ言いながらも外から眺める。

 

真っ黒く塗装された船体の司令塔の部分に571の数字が見える。彼女の艦番号は「SSN571」だ。水上排水量4092トン、長さ319フィートというが意外に小さい感じだ。兵装は魚雷6本だけだから、おそらくテストシップとしての役割が大部分だったのだろう。司令塔は外板がいくらかでこぼこで、恐ろしげな外観にちょっと愛嬌をみせている。

 

この博物館の庭にはいろいろな展示物があって、圧巻は日、独、伊の小型潜水艇だ。日本の特殊潜航艇は中でも一番大きくて、2人乗りとはいえ立派な潜水艦だ。

 

ちゃんと帰投することを前提に造られているから、広島に展示されている「回天」を見るよりも気持ちが落ち着く。ドイツのはやや小型で、魚雷はやはり2本。 両脇に抱えるように露出しているところが違う。フィリップ・マカッチャンのキャメロンの海戦シリーズに出てくる「偽装潜水母艦カイザーホフ」の潜航艇がこ れだろうかと想像をたくましくする。

 

一方、イタリーのはずんぐりした魚雷そのもので、後ろ半分がちょっと高くなってまあ鞍といった感じだ。ウェットスーツでこれに跨って攻撃するというからどちらかというと特攻兵器に近い。しかしあまり悲壮感がないのはイタリー人という人種のことだから、半分は冒険野郎的で適当なところで脱出したのだろうと思う せいか。

 

これと対照的な展示が米国の巡航ミサイル原子力潜水艦の蓋だ。蓋、というのはミサイル筒の上部を保護する甲板上のカバーで、その1つが展示してある。開けた状態でミサイルの大きさも分かるようになっていて、直径は優に1メートルを超えているし蓋の厚さに至っては50センチ以上もあるだろう。これを十数基も搭載するならば1万トンの排水量はいるだろうなぁとため息が出る。小型潜航艇を作る必要すらなかった米国海軍が戦後すぐに原潜を作るだけの準備をしていたとは、芋の蔓だけで空きっ腹を抱えていた少年には想像すらできなかった。ぼくは終戦の年、カチッと造られたジープを見ただけでこれでは戦争に勝てるわけはないな、と思ったものだ。まして原潜ではね。

 

ほっとしたのは室内展示で、その入口にジュール・ベルヌの「海底2万リーグ」にでてくるノーティラス号の想像模型が飾ってある。なかなか良く出来ていてかなり大きい。これを造った人は随分楽しんだんだろうな、と分かるぐらい精巧に出来ている。おまけにその背後にはネモ艦長とアロンナクス教授だろうか、古風な飾りつけの艦内の絵が展示されていて、アメリカ海軍も名付け親を優遇するちょっと粋な所を見せている。

 

 

 

 

2005.11.6.