船の値段

 

 

福田 正彦 

 

「スモーレスト」容器に入った大量のアイスクリームをやっと消化して宿に帰ると、何だかごたごたしている。そのうち、中山さんが済まなそうな顔をして頭を下げた。
「すいません、どうも連絡の手違いで同じ部屋に2泊できないんです。別の建物に移ってくれって言ってるんですが・・・」
が、もくそもなく、われわれは2ブロックばかり離れた、まあ、いわば別館に移動しなければならない。幸いなことに、ぼくは今度の旅行でスーツケースでなく二つ折りの巨大な衣装バッグを使っていた。これは中山さんもそうで、それでなかったら5人分の堅いスーツケースを車のトランクに収納できなかっただろう。


しかし、この時ばかりはそれが裏目に出た。衣装バッグは車輪がついていないのだ。3階の部屋から20kgになろうという荷物をエレベーターなしで下まで降ろし、喘息だと宣伝しても誰も手伝ってくれない2ブロックを、ゼイゼイ言いながら肩に担いで歩かなければならなかった。おまけにまた2階まで引っ張り上げるという作業付である。同じ年寄りでも渡辺さんのように弱々しくないと損するなぁ、とこの時ばかりは心底そう思った。もっとも渡辺さんとはかなり年の差があるから、あまり文句もいえない。


ところが、ところが、この別館、セイレム・インのカーヴェンハウスというのだが、これが何とも好もしい。ぼくの部屋は広々していて宴会でもできそう。その部屋にでんとダブルベッドが一つあるだけだ。しかも、そのベッド、おそろしく高くて、はしごというと大袈裟だが2段もある踏み台がついているほどだ。昔の持ち主の頃はおそらく部屋一杯にいろいろ家具を置いていたのだろう。それに見合うベッドだったに違いない。


本館と同じように、カーヴェンハウスは元々商人のジェイムズB.カーヴェンとキャプテンのサミュエルR.カーヴェンのために1854年ごろに建てられたものだと銘板にある。どの歴史的建物を見てもこの商人、つまりマーチャントと書いてあるほうが上だから,日本語でいう単なる商人というのではなく,おそらく資本家とでも訳したほうが合っていそうだ。船と航海費用に投資して上手く行けば莫大な儲けがあったに違いない。その一部がこの建物であり,ピーボディ博物館にあるような品々だろう。ぼくはその19世紀の富の中にいるのだ。


突然の電話で我に返った。中山さんからで,何でも面白い店があるから行ってみないかと言う。別行動の3人組が街の見物をしている内に鈴木さんが「ネイチャー」の呼び掛けに応えなければならない状態になり,どうしようもなくて渡辺さんが直ぐ傍の店に頼み込んだという。無事呼び掛けには応じたが,気が付くと偶然にもその店が帆船模型の販売店,製作修理店であり,大いに意気投合したというのだ。



「ちょっと遅いんですけどね,何とかなるでしょう。」
何とかなった。もう既に閉まっている扉をノックすると、扉が開いていかにもニューイングランド人という風貌の紳士が顔を出した。実はこれこれ、われわれもその仲間でと言いもあえず、どうぞ、どうぞと招じ入れられた。

 

この 店のオーナーで、モデラーでもあるR.ミッチェル・ウォールさんは、コレクターとしても名のある人らしく、顧客名簿にはスミソニアン協会やマリナーズ・ ミューゼアム、ボストン美術館、ミスティック海港博物館、それについ先日訪れたUSS.コンスティテューション博物館まである。模型談義に花が咲いたが、 もちろんこれはほとんどがウォールさんと中山さんの間のことだ。

 

話を聞いていると、アメリカの一般客相手の水準というか、一つの傾向というものが見えてくる。特徴的なのは、木造帆船と現代艦船の区別というものを心情的に もしていないという点だ。これは歴史的な繋がり、と見たほうが正確だろう。また、彼の商売という線で言うと比較的近代の、クリッパータイプの船が人気らし い。事実、昔の大型帆船(戦列艦、フリゲート艦クラス)はアンティック・モデルとして別ジャンルにしている。小型近代船が売れているのは経済的にも入手し やすいということもあろうが、逆に言うとそれだけ一般の人が気軽に船を買って楽しむということでもあるのだ。

 

もちろん、気軽といっても安いものではない。ブリッグやスクーナークラスで3000㌦から4000㌦、1/96のHMSチェロキーで8200㌦だ。現代艦船 では船そのものと同時にジオラマ形式が多くて、その面白さを楽しむ傾向が強い。波の様子やら、戦闘で損傷をこうむった状況やら、どうも身近な経験が役に 立っている様子も伺える。このあたりもわが国と違うところだが、値段は大体3000㌦から7000㌦ぐらいだ。

 

模型に値段をつけるというのは、客観的に評価してもらうという感覚があって、必ずしも売るためばかりではないらしい。あなた方の模型にも値段をつけてあげま すよ、とウォオールさんが言っていたのもそんな感じだ。まあ、アメリカの模型船市場でいえば、アンティック物は別として、上限ほぼ1万ドルと見たがどうだ ろう。

 

その夜、ケープ・コッドという魚の本場で寿司を食べなければ来た甲斐がないと主張したのは鈴木さんで、この人は新鮮な魚さえあればなんでもOKという。車を 飛ばして行った郊外の「朝日」という日本料理店。刺身とチラシ寿司はさすがに旨かったが、1人32㌦はべらぼうに高かった。寿司屋はどこへ行ってもこんなに高いんだろうか。

 


2004.7.24.