ボストンとジュネーブを結ぶ弦

 

 

福田 正彦 

 

この6月下旬のこと、ジュネーブで開かれた会議の合間を縫って、時計博物館を見てきた。さすが時計の国のスイスだげあって、小さいけれども緑に囲まれたこの博物館は街中とも思えない良さがある。その2階だったが、一隅に長さ40~50センチほどもあろうが、鉄製の弓が立て掛けてあり、よく見ると小さな板の上に弦の絡まった心棒があって薄い歯車が固定され、7ミリぐらいのバイトがそれに接している。「ヒヤー、これだ!」思わず日本語で素っ頓狂な声を上げてまわりの青い目を驚かせたのだが、これにはそれなりの訳があるのた。

 

アメリカ東海岸を旅するわれわれ5人の最大の目的の一つは、ボストンにあるU.S.S.コンスティテューションの見学だった。朝もやが立ちこめんはかりの時間にネイビーヤードについたわれわれを待っていたのは上部解体中のコンスティテューションで、それなりに面白くはあったけれど、ろくな見学もできず、何となく1983年の会議の後に訪れたあの偉容がぼくには感じられない。われわれは隣に係留されている第2次大戦の記念艦、駆逐艦カツシンヤングを横目にして早々にコンスティテューションミューゼアムに入った。

 

この博物館はコンスティテューションの部分カットモデル(原寸大)や、本物のファイティングトップなどわれわれの興味の対象がごまんとあるのだが、その一隅にモデルシップを製作するコーナーがある。コーナーといっても低いパーティションで区切った一坪程の小じんまりしたもので、ちょっと気むずかしそうな痩身の老人と、これぞアメリカ人という感じの大柄なおじいさんの2人が作業をしていた。ウイリアム・ブローメルさんとフランク・クレメンツさんという。われわれもシップモテラーだといったらフランクさんがそりゃいい、まあ入んなさいといってくれた。


ありがたいのだが、5人も入ると身体を回すのにも苦労するぐらい狭い。フランクさんはコンスティテューションの製作で、もうリギンに 掛かっている。ウイリアムさんのは構造モデルの漁船とおぼしきものだが、これが凄い。もう3年もやっているのだがというが、まだ上部構造物を製作中だ。直 径が数ミリほどのコンパスには目に見えないくらいの針が回るようになっていて、誰かがピナクルを持ったら「触るな」と叱られていた。そのウイリアムさんの 木工旋盤が、5センチ幅ぐらいの板を固定して、その心棒を弓の弦を動力として動かすあの方式なのだ。ゆっくりそれを動かして見せながら、彼は動力旋盤は邪 道だという。

 

なるほどゆっくり小さな細工をするにはこれが好適かもしれない。鈴木さんは「イヤー、目から鱗が落ちた!」と 感激していたが、彼はたくさん目に鱗を持っていて、ときときそれを落とす。中山さんがそれはあなたのアイディアなのかと聞くと、彼はいやいやこんなのは時 計の細工の真似で、この本にでているよ、とその本を見せてくれた。どこの本屋でも売っているというウイリアムさんの言葉を信じて、中山さんと2人でボスト ン市内の本屋を探してみたが、とうとう見つからなかった.それでもどこがぼくの頭の中に残っていて、ジュネーブの時計博物館でその原型を見つけたとだんに 素っ頓狂な声を上げさせたというわけだ。

 

ウイリアム・ブローメルさんはコンスティテューション博物館のパンフレットにも写真が載っているかなり有名な人らしい。もしここを訪れる機会があったら、のぞいてご覧になるといい。気難しいが、やりようによってはとても親切に教えてくれるはずだ。


 

(ザ・ロープニュースNo.17)