6.瀬戸内のフェリー

 
 

民宿千年松の女将は夕べから従業員と同じ黒い作務衣を着て同じように働いていたから、最初はだれが女将かわからなかった。しかし、人品卑しからぬ佇まいでやっぱりそれと分かるから不思議なものだ。

 

田中さんはその女将といろいろ話をして、
「あの人は細腕繁盛記だぜ、いろいろ苦労をしたらしい。」
という。まあ女手一つでここまでするのは並大抵のことでないことは素人でもわかる。

出発の朝、3袋1000円という乾燥エビを買ってバスに乗り込む前に、その女将がここで写真を撮れ、あっちも捨てがたいからもう一枚といろいろ世話を焼いてくれる。深々と頭を下げて見送ってくれた時はもう8時40分を回っていた。バスの中で幹事さんが昨夜の酒代だと一人2,500円を徴収する。もちろんこれは男の子だけだ。

バスは昨日来た道を逆戻りして伯方島から大三島に入り、大山祇神社の前を通り越して宗方港に向かう。しまなみ海道というのは正式には「瀬戸内しま なみ海道」というらしい。これは福山から四国の今治へ抜ける海道で、今日われわれはこの海道と別れて「安芸灘とびしま海道」を行く。これは大三島の西にあ る岡村島から西へ向かい、下鎌苅島を通って本土に入り呉に向かう海道だ。その両海道を結ぶのが瀬戸内のフェリーというわけで、大三島の宗方港から岡村島の 岡村港の間を結ぶ短い船旅になる。

この間は直線距離にして4㎞ にも満たないぐらいで時間にすれば1時間もないが、船旅というだけでみんなニコニコするから船キチは争えない。天気はいいし景色もいい。やがて来たフェ リーにバスごと乗り込んで早速船室に入る。もっとも部屋の中でじっとしている連中ではないから、夫人連を含めてみんなプロムナードをウロウロする。ぼくは 坪井さんと海を見ながら海軍兵学校を受験してさあ、いや俺もだよ、受からなくてよかったかもよ、などとつい昔話に熱中する。やがてその兵学校跡を見学する のだ。



ほんの短い船旅ながらやっぱり瀬戸内海は海から眺めるのがいい。島々の景色とともにいろいろな船が見える。なにしろ瀬戸内海は水運にかけては昔から十分に発展してきているのだ。かなり大型の作業船が異形を見せているがひょっとしたら大型底引き船か、それとも海底電線敷設船? 

やがてフェリーは岡村港に着き、バスはいよいよとびしま海道に入る。岡村大橋を渡ると中ノ島で更に中の瀬戸大橋を過ぎると平羅島(ひらしま)、平羅島橋を通って大崎下島に入る。この間、バスは小さな島々の間の橋を介して通過するのだが、よくもまあ橋を作ったものだと感心させられる。むかしは船で行き来したのだろうが、自動車の発達した現在ではこれがなかったら島の人たちの生活は成り立たないのかもしれない。


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