12.大和ミュージアムと鉄のくじら館

 
 

呉のハイライトはなんといっても大和ミュージアムだ。バスで市内のレストランへ行き昼食を摂ったのだが、もうかなりしんどくて、いつもなら何を食べたか、いつどこに行ったかをかなり詳細に記録するのだが、いまメモを見ても一切詳しいことは書いてない。だから何を食べたか書くことができない。

それでも、大和ミュージアムに入ると身体がしゃんとする。ここは正式には「呉市海事歴史科学館・大和ミュージアム」という。午後1時過ぎから3時過ぎまで、くじら館を含めわずか2時間の見学だったが、これが面白かった。ガイドを買って出たおじさんは大和の知識が洋服を着ているような人で、時間がないのでと言いながら質問にはなんでも答えてくれる、大和大好き人間だ。

例えば、大和の1/10模型(これが大きい。長さ26.3mもある)のカタパルトに乗っているフロート付き複葉機を見て彼はこういう。
「これは偵察機ではありません。観測機です。何の観測だと思いますか?」

これはかなり専門的な質問だ。大和の主砲は口径46サンチ(センチのフランス読み、かっこいいねとおじさんは言う)でその最大射程は42kmという。つまり42,000メートルということだ。これを海上で見るとどんな感じになるだろう。ぼくはたまたま機会があってケープケネディで宇宙船の打ち上げを見たことがある。手前の見学海岸からロケットの打ち上げ場のある砂州までの距離は10マイルと言っていたから16,000メートルだ。もちろん肉眼では見えないし、隣のおじさんが貸してくれたかなり大型の双眼鏡でも豆粒ぐらいにしか見えない。まあ最大射程で撃つことはないにしても、ぼくの見た倍ぐらいの距離では弾がどこに落ちたか光学望遠鏡では確かなことはわからないだろう。したがって空中から観測するしか当時は方法がなかったはずだ。

「弾着観測でしょう」とぼくが言うと
「そうなんです!」
と彼は満面に笑みを浮かべて我が意を得たりとにっこりする。

大和の1/10模型のカタパルトに乗っているフロート付き複葉機
大和の1/10模型のカタパルトに乗っているフロート付き複葉機

 

そんな具合でみんなが質問攻めにしたのだが彼は親切に答えてくれた。おそらくかなりのマニアからの質問がうれしかったに違いない。時間がない、時間がないとぼやきながらあちこちと案内してくれたが、それをいちいち書いても煩わしかろう。写真でそのいくつかを載せておく。

 

ただ、ぼくが最も興味を持ったのは彼の言葉だ。
「大和は戦闘でほとんど何の役にも立ちませんでした」
そういう。

世界最強の戦艦だから、その主砲を有効に使えば敵艦のアウトレンジから損傷を受けることなく敵の戦闘艦に大損害を与えることができたはずなのだ。用兵上の問題ももちろんあろうけれども、残念ながら大和が活躍するころはもうすでに航空機の時代だった。アウトレンジを航空機に奪われたといっていい。大艦巨砲主義の象徴だった大和が艦隊決戦で「何の役にも立たなかった」のは当然ともいえる。もちろん今の時代での見方だが彼の言うのは正しい。

「しかし・・・」と彼は続けて「その技術が戦後復興に大きな役割を果たしたのです」
といった。

ぼくは造船・造兵技術者でないから詳しいことはわからない。しかし、厚い鋼板の溶接技術、凌波性を持つ大船の船体構造、数十メートルもある大砲の焼嵌め技術、砲身に対するピアノ線の締め付け構造など、素人が考えても大和が膨大な技術の集積であることは間違いない。大和そのものに使われた技術ばかりでなく、その技術屋魂が受け継がれてその後の日本の技術水準につながったことは想像に難くないのだ。違いないなあと、今これを整理して書きながらぼくはつくづくそう思う。戦争は膨大な物資の浪費を招くけれども、それによって技術水準が急速に進歩するのは万人が認めるところだ。どっちがいいか、ぼくは今頃になって、ゆっくり進歩するのも悪くないと思うのだが、どうだろう。


館の外に出ると日差しがどっと押し寄せてきた。急いで、ということですぐ左側にある「鉄のくじら館」に向かう。いるいる、何年か前にここを訪れた時にはな かったが目の前にドーンと潜水艦が丸裸で居座っている。船はたいてい水に浮かんでいる状態で見る。上部構造は別として、半分ほどは水面下にあって見えな い。だからヨットが港に引き上げられたのを見るとえらく大きく見えるのだ。まして潜水艦はその大部分が水の中にあって水上に出ている部分はひどく少ない。 それがなんと全体が見えるのだから何とも言えないぐらい大きい。

展示艦SS579「おきしお」は完全二重船殻、シュノーケル装備で涙滴型 の「ゆうしお」級潜水艦で1986年に就役しているから、かなり古いタイプだ。基準排水量2,250トン、水中速力20ノット、乗組員75名で、2006 年にここに展示された。こんなでかいものをどうやってここまで持ってきたのか不思議だったが、日本の最大のフローティング・クレーンを使って鎮座させたと いう。いや大変だっただろうなと他人事ながら感心する。

何度も書いているが、ぼくは潜水艦が好きだ。何としても中をゆっくり見てみたい。しかしくじら館は「海上自衛隊資料館」が正式名称でそっちが本館、潜水艦は3階にある展示品の一つという扱いだ。で、申し訳なかったのだが1階の海自の歴史、2階の掃海艇、3階の潜水艦の展示をすべてすっ飛ばして3階から「おきしお」に入る。残念ながら見られるのは発令所付近と士官居住区の艦体中央部だけで、その他を見ることはできない。まあ、マニア向けではないし秘匿をしなければならない部分もあるのだろう。現に技術の粋と言われるスクリュウは取り外してあるから、まあこれぐらいで我慢するか。

という次第で、どうも心残りなのだが体調もよくはない。集合して午後3時7分にはバスが出 発した。われわれはバスを使ったので分からなかったが、この辺りはかなりJR呉駅に近いのだ。歩ける範囲だとは夕方の食事に出かけた時に気が付いた。東京を知っているとつい錯覚を起こすのだが、地方都市はわれわれが想像するよりも面積は少ない。そこがまた地方都市のいいところでもあるのだ。

忙しい一日で、これから更に旧鎮守府長官官舎に向かう。

 

NORSKE LOVE 1765年 昼食を摂ったシティプラザにある食堂 「すぎや」にあった帆船模型
NORSKE LOVE 1765年 昼食を摂ったシティプラザにある食堂 「すぎや」にあった帆船模型

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